2024年4月26日(金)

立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2021年12月20日

――実は企業内でも、強弱の関係は、似たようなメカニズムで調整できると私は考えています。つまり保障や救済という機能です。

 もう一つ、「値付け」について伺います。「この仕事はいくら」という「仕事の値付け」、これと平行して「成果の値付け」という概念も導入できないでしょうか。たとえば、「仕事の発注(請負)」と「成果の買取」という2形態を併用すれば、実社会の市場経済メカニズムに、より近づけることができます。

谷田 私が知っている範囲ですと、成果の値付けのほうは個人事業主委託契約更新の時にやっています。

谷田千里社長

 たとえば、営業をやっています。その年は営業で契約をしていますが、でも困ったことが起きて、それが営業でなくて総務の仕事じゃないかということになりますと、追加業務として払いますから、やってくれとお願いして終わります。

――なるほど、結果的に「仕事」という対象を評価しているんですね。すると、その「仕事」は少しやり方を変えると、もっと効率がよくなるんじゃないかとか、あるいは、そもそもその「仕事」をやらなくてもいいんじゃないかとか、そういう場面に対応できるか、いわゆる究極の生産性の議論に持ち込めるかどうか、そこが課題になりますね。せっかくの制度ですから、工夫すれば、もう少し脱皮して進化できませんか。

谷田 個人事業主ですから、自動的に無駄な仕事はやりたがらないはずです。

――わかりました。では、谷田社長がもし日本国の総理大臣になったら、日本の産業や企業に対して、どんな政策を実施しますか。

谷田 社長業をやっていたら、まず最初に変えたいのは人事で、人事評価制度ですから、公務員の人事制度改革ですね。昨年度と同じことをしていたら評価しません、と言うふうに変えます。後は、お役人さんは頭がいいので、お役人さんに期待します。

――なるほど、経済産業の施策よりも、まず公務員改革。人を変えるところから始まると。それはまさに正論だと思います。しかし、正論とわかっていても、なかなか実行できない。実行しようとしたら、既得権益層、抵抗勢力がどーんと反発してきます。この妨害を取り除きたいところですが、何か良い方法はありませんか。

谷田 いや、それは、本当にないんです。あるとすれば、外部の要因。外圧がないと、できないでしょうね。今は、日本は米国にかかっていますので、米国から外圧がかかれば、いちばん早いんじゃないかと思います。

――結局、そこなんですよね。本日はありがとうございました。

積み残された三つの課題

 以上、2021年9月に行われた谷田千里社長との対談を、2回にわけてご紹介した。

積み残された課題を解決するヒントも盛り込まれている『「なぜ」から始まる「働く」の未来』

 この対談からわかったのは、積み残された三つの重要な課題がある、ということ。今回のメインテーマに絡んで、社員と個人事業主という二択のほかに「第三の道」を模索するうえで、入口にもなる重要な課題である――。

 一つ目は、法的身分である「社員」と「個人事業主」の間に、「第三の道」を切り開く可能性の探求である。現行制度枠内において、つまり社員という身分を保有しながら、ある種の制度的スキーム(仕組み)を構築し、社員が個人事業主にならなくても事業主同様なモチベーション、経営者目線を持てる、そうした効果が得られる方向性である。

 「第三の道」は個人事業主と比べてよりアクセスしやすい、社員にとっても会社にとってもよりリスクの低いものでなければならない。

 二つ目は、個人事業主に対する委託、値付け対象における「業務」と「成果」の捉え方である。社員時代の業務をそのまま委託するよりも、恒常的に生産性向上・成果指向型の評価(値付け)について、タニタの現行制度には、改善する余地があるように思えた。なぜなら、組織横断的・全社規模のイノベーションを目指すうえで、少数の個人事業主だけでなく、マジョリティの社員を巻き込む必要があるからだ。いわゆる「全社総経営者体制」。ここは「第三の道」、いかにして社員に経営者目線を付与するかという話につながってくる。

 三つ目は、弱者救済の問題。谷田社長の強弱関係における「経済学的合理性」には賛同するが、「割り切り感」をもって「弱者救済は社会の仕事だ」とする考え方については、短絡的すぎるように思えた。新自由主義の是非を議論する場面ではない。一企業内での弱者救済とは、競争原理に反して単に分配をむやみに与えるのではなく、「弱者強化」というプラス思考で臨みたい。

 老子に「授人以魚、不如授人以漁」(弱者には魚を与えず、魚の釣り方を教えよう)という格言がある。これも「第三の道」に絡んでいる。


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