山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2022年5月1日

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 毎日のようにウクライナ戦争の報道が、まるで砲弾のようにお茶の間に流れてくる。筆者にとっては、ウクライナの思い出は美しくて懐かしい思い出なのに、殘念ながら戦場の映像は、その良き思い出を消し去るようで悲しい。

(Pakhnyushchyy/gettyimages)

ひまわりはウクライナの国花

 ウクライナの素晴らしさは一言で言えば、自然の美しさである。ソフィアローレン主演の映画『ひまわり』は南ウクライナで撮影されたが見渡すかぎりのひまわり畑と青い空がウクライナの国旗のモチーフになったとするのは想像に難くない。無論、ひまわりはウクライナの国の花である。

 また、特にキーウ(キエフ)のソフィア聖堂やぺチュールスカ大修道院や、国立キエフ大学にも行ったことがあるが、戦禍に壊されてないことを祈っている。キーウは日本の京都と同じように歴史的な建造物の多い街であり公園や自然の景観も大変素晴らしくてマリインスキー公園やグリシュコ植物園やシェフチェンコ公園は市民の憩いの場である。

 ドニエプル河でボートを走らせた思い出も忘れがたい筆者の記憶に殘るシーンである。友好姉妹都市である記念に建造した立派な京都の庭園も楽しめる。ウクライナと京都は友好都市であり、去年はちょうど50周年記念の年だった。そんな思い出のキーウにミサイルが飛んでくるとは本當に悲しい現実である。

京都のレストラン・キエフ

レストラン・キエフのオーナーの加藤幹雄氏

 1880年に描かれたイリヤ・レーピンの『トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージャ・コサック』(ロシア美術館所蔵)の絵画の複製を筆者のモスクワの友人が、なんとウクライナ経由で日本に送ってくれた。正式な複製画はロシアからは輸出禁止になっているのである。ウクライナのコサックの姿が上手くかけてる絵だと思った。その後、この絵を京都のレストラン・キエフに飾った。よく見ると帽子の兵士の後ろにウクライナ国旗(左上)が描かれている。

ウクライナの専門家・岡部教授とボグダンさん

 レストラン・キエフのオーナーである加藤幹雄さんが神戸学院大学の岡部芳彦教授に会わせてくれた。ウクライナ戦争が激しくなり、ウクライナ専門家の第一人者である岡部教授の講演を開催した時のことだ。

 岡部教授はウクライナ研究会(国際ウクライナ学会日本支部)会長であり、ロシアとウクライナにも留学した経験を持つ。その岡部教授が「スルタンに贈る手紙」の絵画を指して「左端にウクライナの国旗が見えるでしょう」と教えてくれた。ウクライナ国旗はコサックたちにとっての愛国のシンボルである。この露土戦争は17世紀の話で、レーピンがこの作品を描いたのは19世紀になってからである。

 描かれたこの作品の中にウクライナの国旗があるのが大変面白いと思った。つまり、歴史的事実としてウクライナは独立国家でありロシアの属国ではないことが証明されることが分かるからだ。コサックとはトルコ語で自由人とか無法者を表す言葉である。しかし、モンゴルを始め多くの侵入者がウクライナを支配して、それから18世紀には多くのコサックたちがウクライナの南部に集まりコサック社会を築いたという。

 さて、最近テレビに出演することの多い、キーフ在住のパルホメンコ・ボグダンさんの話も興味深い。ボグダンさんとキーフで初めて会ったのは10年くらい前だったろうか。ちょうど、プラント輸入の案件が進んでいて日本語の通訳を探していた時、日本に育ったという青年に偶然出会った。それが、ボグダンさんだったのだ。彼は日本語が流暢で中学まで神戸と大阪に住んでいたという。ウクライナ戦争以來、よくテレビに出ているウクライナ人を発見してすぐにボグダンさんだと分かった。短期間だったが彼を通じてウクライナ人の国民性や複雑な歴史や伝統や宗教に至るまで勉強することができた。今後も日本とウクライナの架け橋となって活躍して欲しいと期待している。

京都にキーウがあるって何のこと?

 そんなこともあって、京都のレストラン・キエフに行くたびにウクライナの話題には事欠かない。ビジネスだけではなく芸術文化の活動も少なくない。ロシアの絵画を飾らせて貰ったり筆者の前職の蝶理関係者を集めて弦楽四重奏の音楽会を開催させて頂いた。ウクライナはバレーや音楽や絵画が盛んだ。

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