2022年7月3日(日)

Wedge OPINION

2022年5月18日

»著者プロフィール
著者
閉じる

栗原 聡 (くりはら・さとし)

慶應義塾大学理工学部 教授

1965年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了、博士(工学)。NTT研究所、大阪大学、電気通信大学などを経て現職。2021年より、慶應義塾大学共生知能創発社会研究センターのセンター長を兼務。人工知能学会理事、学会誌編集長などを歴任。

 われわれに大きな便益をもたらしたAIやデジタルの進化で「人間の均一化」が進む可能性がある。「即応」を求められる今こそ「熟考」し、人間主導でテクノロジーと共生する未来を構築すべきだ。「Wedge」2022年5月号に掲載されているWEDGE OPINION「AI・デジタル時代だからこそ人間が持つ「熟考力」を磨け」では、そこに欠かせない視点を提言しております。記事内容を一部、限定公開いたします。全文は、末尾のリンク先(Wedge Online Premium)にてご購入ください。
プログラミングスキルのみを身に付けるような教育では、「人間のシステム化」が加速しかねない (RECEP BG/GETTYIMAGES)

 急速に進むデジタル化やAI技術の進歩を受け、2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化された。

 今や、AI人材の育成は日本の最重要課題である。たしかにAIの研究開発において日本は米中に大きく引き離されている。加えてそれ以前に、デジタルトランスフォーメーション(DX)の分野でも先進国の中で後塵を拝している。こうした状況から、初等教育からのプログラミングや情報リテラシー教育は時代の要請とも言える。

 今回の必修化は、単にプログラミング言語を覚えたり、スキルを獲得することが目的ではなく、論理的思考力を育むことに主眼が置かれており、筆者もその趣旨自体に異論はない。

 問題は「理想」に対する「現実」である。実際に、そして現実に、「プログラミング教育がどの教育現場でも等しく実施できているのか?」との疑問が浮かぶからだ。

 なぜそう感じるのか。まず、実際に学校では「プログラミング」という教科が新設されるのではなく、算数や理科などの科目内でプログラミング的思考を身に付ける工夫をする、という考え方に基づき教育が実施されている。しかし、そもそも、プログラミングの専門家でない算数や理科を教える教員がどのようにしてプログラミング教育を科目に組み込むのか。

 たしかに、文部科学省は教育の手引や具体的な事例も公表している。だが、コロナ禍の休校などにより授業の年間必要時間数が不足し、プログラミング教育にあてる時間を確保できていないことやどのように教えるかは各教員に委ねられているとの声も聞く。つまり、学校や教員によって相当なバラツキが発生しており、この状況では結果的にプログラミングスキルを教えること自体が目的化してしまう恐れがある。

関連記事

新着記事

»もっと見る