日本の漁業は崖っぷち

2013年3月27日

»著者プロフィール

 オーレスンは1904年に大火災がありましたが、今では水産業を主体にした綺麗な町になっています。気仙沼からこられた方々は、被災をした気仙沼をオーレスンのような町にしたいと話されていました。実際に見てきた方々のイメージが実際のノルウェーの姿であり現実なのです。そして、これまでに現場を見てこられたりその話を聞いたりした多くの方々から、異口同音に出ることがあります。それは「なぜ日本は、同じことが出来ないのだろうか」ということばなのです。

自主管理の限界
陸奥湾と伊勢・三河湾のイカナゴ

 2013年2月、資源量が悪化し漁獲が低迷していた青森県陸奥湾のコウナゴ(イカナゴ)漁が、今春から禁漁になりました。陸奥湾湾口イカナゴ漁業検討会で関係漁協が合意したものです。

 イカナゴは、幼魚のシラスの段階ではチリメン、佃煮用、成長すると餌料用になる魚です。同地域では、1973年の約1万2000トンをピークに減少傾向が続き、近年では1997年の約2000トンが最高。2010年30トン、2011年9トン、2012年1トンと激減し、2013年は禁漁となったのです。

 2007年から資源回復計画に基づき、漁期の短縮や操業隻数の制限などに取り組んできたそうですが、成果が上がらなかったとのこと。親魚の資源減少が要因で、2012年の資源量は1000万尾と適正水準とされる3億尾を大きく下回っているそうです。ここまで資源が減少すると、禁漁というより、資源が枯渇したために漁ができなくなったというのが実情かと思います。もっと傷が浅い内に、手を打っておけば良かったのです。資源が激減してしまった東シナ海の魚や日本のうなぎ等と同様のパターンです。

 一方で、同じイカナゴ漁でも、すでに大日本水産会によるマリンエコラベルの認証を受けている伊勢・三河湾では、陸奥湾と状況が大きく異なります。親魚を種火として残し、資源管理のルールを厳格化していることで、資源が枯渇することなく、水揚げが持続しているそうです。

 しかし、ここまでたどり着く前には、苦労の歴史がありました。漁労機器や漁法の発達により漁獲量が飛躍的に発達し、1978~1983年にかけて極端な不漁に陥ったそうです。危機感を抱いた漁業者はお互いの立場を超えて合意形成を図り、翌年の親魚を残すために毎年20億匹を残存尾数として終了する取り決めを行っています。決められたルールは遵守され、実効性の高い資源管理を実現しています。

 個別割当て制度ではないものの、漁業を持続可能にするための必要な産卵群を残し続けることは、資源管理制度の基本であり素晴らしいことだと思います。ノルウェーニシンのケースと同様に、このイカナゴのケースは、早い時期に資源管理問題に気がつき、実行に移した結果です。

関連記事

新着記事

»もっと見る