地政学的な変わり目の中で
防衛産業をいかに守るのか
防衛産業は、日本の安全保障の一部であり、血液でもある。だが、このままでは、その存続自体が危うい。ある防衛関連企業の幹部はこう指摘する。
「防衛装備品には、弾薬や車両など比較的従来の技術で続けられる分野と、戦闘機などのハイテク分野がある。前者は純国産を追求する理屈も立つはずだが、製造基盤の弱体化が進んでいる。また後者についても、欧米ではもはや1国で開発・製造を行う時代は終わり、共同研究・開発が主流になっている。国産技術のボトムアップを行いつつ、過度な国産信仰には走らない。そのバランスが問われている」
ハイテク分野にも課題がある。今年5月、「次期戦闘機は日英共同開発」との報道が駆け巡った。日米共同開発の戦闘機「F2」の後継機を、英航空防衛機器大手BAEシステムズと三菱重工を主軸とする共同研究開発事業とする方向で調整に入ったという。
戦闘機という超ハイテク兵器の生産技術維持に、日本はどこまでこだわるべきなのか。F2の開発計画にも携わった元空将の平田英俊氏は、戦略の重要性と、懸念を語った。
「部品やサブシステムなどを世界に提供できる技術力や能力があればよしとするのか、それに加えてF35並でなくともある程度の性能の戦闘機を作り上げる能力を求めるのか、ここは明確にしなければならない。共同開発についてはまだ何も決まっていないに等しいが、後者を求めるならば、武器やセンサーなどの多様なシステムや技術を戦闘機として一つにまとめ上げる『システムインテグレーション』の経験を積む機会を日本の防衛産業が得ることが必須だ。必要な性能を有する戦闘機をつくりあげることはもちろんだが、国際的な競争力を持つ防衛技術・産業基盤を目指す機会を失うようなことになっては意味がない」
戦闘機や戦車を作るのに1000社は携わるとされる。そのような高度な工業製品を自国で生産できる基盤を維持しようとするならば、長期的・総合的な戦略が必須だ。
〝無策〟のまま防衛費を国内総生産(GDP)比2%へ倍増したとしても、結果として米国製の高い兵器を輸入するだけになりかねない。同時並行で、継戦能力を高め日本の安全保障の「足腰」を強化するための戦略も忘れてはならない。冒頭の中国化薬のような企業が撤退すれば、日本の安全保障の土台は根底から揺らぐことになる。元防衛大臣の森本敏氏はこう話す。
「ロシアのウクライナ侵攻について、米国ですら戦争のシナリオを予測しきれていない。ロシアによる核兵器の使用や、その影響が拡散すると欧州大戦の可能性すらあり、中国もその隙を逃さないだろう。そのような地政学的な変わり目にある中で、日本の防衛産業の生き残りを考えないといけない」
6月にも自民党国防議員連盟は、防衛産業へのテコ入れを求める提言を提出した。「まずは防衛産業を財政支援する法的枠組みをどのように構築するかを考えないといけない。そして『戦略3文書』改定が迫る中、『国家安全保障戦略』などの下に『調達戦略』を新設すべきだろう」(同)。
安全保障と言えば、真っ先に「軍事」を思い浮かべる人が多いであろう。だが本来は「国を守る」という考え方で、想定し得るさまざまな脅威にいかに対峙するかを指す。日本人が長年抱いてきた「安全保障観」を、今、見つめ直してみよう。