2024年12月22日(日)

INTELLIGENCE MIND

2022年8月2日

イーロン・マスク氏が最高経営責任者(CEO)を務める米スペースX社が運用する衛星通信システム「スターリンク」を使用したことで、ウクライナ国内の通信環境は保たれた(写真・ウクライナ南部オデッサに設置されたスターリンク端末) (ABACA/AFLO)

 前回は、ウクライナでの戦争における欧米諸国の偽情報対策を扱った。今回はこの戦争における民間の役割である。

 最近よく名前が挙がるのは民間の調査団体・英「ベリングキャット」だが、その名が知られるようになったのは、2014年7月17日に発生したマレーシア航空17便撃墜事件に関する調査報道である。

 この時、ウクライナ東部を飛行中の同便が、何者かが発射したミサイルによって撃墜されるという事件が生じた。ロシアはウクライナ軍の戦闘機の攻撃によるものと発表したが、当初からロシア軍、もしくはウクライナの親ロシア派の関与が疑われていた。

公開情報のみで
真実に辿り着く

 問題はどのように証拠を収集するかだったが、創設者のエリオット・ヒギンズ氏をはじめとするベリングキャットのメンバーは、サイバー上のSNSで公開されている情報のみから、撃墜を行ったのはロシア軍第53対空旅団に属する地対空ミサイル「ブーク」であることを特定し、その日のブークの足取りと撃墜に関与した兵士まで特定している。

 特に撃墜事件から12時間後、ウクライナ東部ルハンシクの監視カメラに映った動画では、ミサイルを発射後にロシアに戻るブークが捉えられており、これが決定的な証拠となった。驚くべきことに、この時、ベリングキャットのメンバーは誰一人として現地に赴くことなく、ネット上にアップロードされた写真や動画を丹念に調べていくことで、真実に辿り着いたのである。

 これは公開情報(OSINT)分析というインテリジェンス分野の一つであるが、民間団体が国の機関の力を借りず、独自の分析で回答を導き出したことは、エポックメイキングな出来事であった。ちなみにベリングキャットが集めた情報は、16年2月に報告書にまとめられ、ネット上で公開されており、これは同事件を担当するオランダの捜査当局等に証拠として採用された。

 その後、15年のイエメン内戦において、ベリングキャットはその行動理念を固めていく。同団体は元々、国家の嘘を暴くという調査報道的な色彩が強かったが、同内戦を通じて、①調査報道、②学術研究、③裁判(の証拠)のために、確度の高い資料をアーカイブとして保存する、という方針を確立した。

 今回のウクライナでの戦争においてベリングキャットは、ロシアや親ロシア派が発信する偽情報を検証し、それを警告する役割を担っているが、すべてのデジタルデータを事後の刑事裁判の証拠として保存もしている。この点で共通しているのが、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの「クライシス・エビデンス・ラボ」で、こちらも公開情報の分析からロシア軍による非人道行為について記録を残すことを目的に活動しており、今やベリングキャットと比較しても遜色ない分析力を有している。

 従来、ロシアの偽情報工作に対しては、国家機関が対応するのが本流であったが、ウクライナの状況を考えると、国の組織が偽情報の検証に時間を割かれることは好ましくなく、ウクライナへのインテリジェンスの提供に注力したいのだろう。そのため、国の情報組織に代わって偽情報の検証を行っているのが、ベリングキャットやクライシス・エビデンス・ラボであり、公開情報の分野であれば、民間の団体でも十分な能力を発揮できることが明らかになったのである。


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