2024年11月22日(金)

INTELLIGENCE MIND

2022年1月8日

 前回はロシア情報機関の暗殺工作について概観したが、今回は工作のもう一つの柱である「積極工作」(アクティブ・メジャーズ)について見ていこう。

 これは「誘導工作」や「影響力工作」とも称されるが、端的に言えば、対象国の文化や社会背景などを吟味した上で、真実の中に偽情報を埋め込み、効果的なタイミングでそれを漏洩・拡散することで相手を混乱、弱体化させることを狙いとするものである。

 元々はプロパガンダ工作の一種とされているが、相手の悪口を広めるやり方だと真実味に欠けるため、本当のような嘘の話を巧妙に作り出し、それを絶妙なタイミングで世に広めるというやり方で、相手の世論を混乱させるのである。

日米関係悪化を企図し
各新聞社に協力者 

 通常、情報機関が相手の機密を得た場合、それは分析・評価され、政策決定や国防戦略に活用される。しかし、機密情報を得られることは稀であり、そのほとんどは公開されている情報、よくても機密の断片や過去のものということが多い。だがソ連の情報機関は使い道のない機密に目を付け、そこに偽造文書を付け加えることで、「本物の」機密を造り出し、それを公の目に晒すのである。

 最近翻訳・出版されたトマス・リッド『アクティブ・メジャーズ 情報戦争の百年秘史』(松浦俊輔訳、作品社)を紐解けば、ロシアはこの種の工作を100年以上にわたって行っていることが理解できる。

 対日工作としてもっとも古いのは、1929年に東京で入手されたとされる田中上奏文である。これは当時の田中義一首相が対満蒙政策について昭和天皇に上奏した計画書とされ、その内容は日本が世界征服のために、まずは中国大陸への進出が必要だと訴える内容のものだ。

 当時から既に偽造文書だと考えられていたが、ソ連の合同国家政治保安部(OGPU)は各言語に翻訳してばら撒くことで、世界中に日本の野心を印象付けることになった。現在においても中露ではこの文書が日本の侵略を正当化するものであると、真実味をもって語られている。

 冷戦期にも歴代の在日ロシア・スパイは、日本の世論に対する工作を行ってきた。70年代後半に東京で活動していた国家保安委員会(KGB)のスタニスラフ・レフチェンコ氏によると、その任務は日本の政財界、マスコミに働きかけ、日米関係を悪化させると同時に、日ソ関係を好転させることであった。

 そのための手段としては、マスコミの操作や支配、文書もしくは口頭による真実と逆の情報の流布などからなるものであり、当時日本のほとんどの新聞社内に協力者を抱えていたという。

 21世紀にインターネットが爆発的に普及すると、もはや積極工作はマスコミの手を借りなくてもよくなった。サイバー空間では直接、一般市民に偽情報を晒すことができるためである。さらにサイバー上には情報が多すぎて、いちいち情報の裏を取ったり、確認しないまま偽情報が拡散される傾向があるため、この種の工作にはもってこいなのだ。

 そこでロシアの情報機関が実験場として選んだのが、エストニアやウクライナといった旧ソ連圏である。特に2014年2月にウクライナで大統領の辞任を求めた民衆デモが生じ、これに対する米国と欧州連合(EU)の足並みがそろわなくなったことで、ロシアの付け入る隙が生まれた。

 ロシア情報機関は、ヴィクトリア・ヌーランド米国務次官補とジェフリー・ピアット駐ウクライナ米国大使との電話会談を盗聴・録音し、そのデータをYouTubeにアップしたのである。会話の中でヌーランド氏は「くそったれEU」と発言しており、これが米欧関係に亀裂を入れることになった。


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