そもそも、食品ごとに設定される基準値の高低は、その食品の安全性を意味するものではありません。前に「日本のいちごが台湾で差し止め 農薬超過事件の真相」で解説したとおり、基準値は食品の摂取量やその農薬がその作物に使われ得るかどうかなどにより変わります。
食生活の中でのトータルのその農薬の摂取量が許容一日摂取量(ADI)を超えないことで安全が守られます。個別の食品の残留基準が低くなるから安全性が上がる、というわけではないのです。
今回の食べる安全についての再評価は、ADIやもう一つの指標、一度に大量に摂取した時に健康に悪影響を示さないと推定される量である急性参照用量(ARfD)について、一から検討するものなので、結果的にADIやARfDの数値が小さくなる場合もあります。それに伴い、各食品に設定されている残留基準が変わることもあるかもしれません。しかし、それは結果論としてあるかもしれない、ということでしかありません。
使用者やミツバチへの影響検討を強化
今回の再評価で注目すべきは、農薬を使用する農家の安全や環境中のさまざまな動植物への影響評価が充実することでしょう。これまで、食べるヒトに対する安全性評価が厳しく行われてきたのに比べると、使用する農家の安全性検討は弱かったと言わざるを得ません。
個人的な印象ですが、諸外国ともに以前は同様でしたが、EUが10数年前から、使用者や農地周辺の居住者、bystanderと呼ばれる通りがかった人たちのリスク研究に着手し規制も検討していたのに比べると、日本は遅かったという実態があります。
これは、農水省の担当です。今回の再評価では、使用方法によって体の中に取り込む量も考慮した評価が導入されています。
ミツバチへの影響検討も重視されています。養蜂に用いられるミツバチは、前回の「ネオニコ殺虫剤のハチや人への影響 今わかっていること」で書いたとおり、日本の法律では「家畜」と位置付けられています。そのため、これは農水省の管轄です。
これまでは、農薬を直接浴びたり農薬を含む花粉や花蜜を食べたりしたハチがどういう影響を受けるかは試験されていました。しかし、ハチは社会性昆虫。花粉や花蜜を持ち帰り、それをほかのハチや幼虫が食べるので、群としても影響があるはずです。そこで、ハチが、農薬の含まれる花粉や花蜜を巣に持ち込んだ後にどう影響するかについても評価することになりました。
生態影響評価を大幅に強化
また、環境省が担当するほかの動植物、生態系への影響については、大きな進展がありました。
日本は伝統的に水田で使用する農薬の量が多いために魚類や甲殻類(ミジンコなど)、藻類という水産動植物への影響はみられていましたが、陸域のほかの動植物は評価していませんでした。鳥類についても毒性影響をみる試験は課されていましたが、生態系への影響という観点はありませんでした。EUや豪州は既に、ミミズなどの土壌生物や土壌微生物、哺乳類、鳥類等、広く調べて生態影響評価を実践しています。
そこで日本も今後は、「生活環境動植物」として水草や鳥類、野生ハナバチへの影響検討を追加し、生態系を守る観点から農薬の評価を行うことになりました。