住民側にとっては「ややこしい」
複雑怪奇な行政業務
庄司 行政のデジタル化について自治体職員の方とお話をすると、「デジタルは難しい」と口を揃えるが、住民の立場からすると「行政の仕事も相当複雑でややこしい」といえる。一つひとつの書類の様式が異なり、どこに何を書いてよいのか分からず、隣の自治体に引っ越せば、書類が別の様式になっていたりする。
複雑怪奇な行政業務をそのままオンライン化しようとすると、使い勝手の悪いものが出来上がってしまう。一歩立ち止まり、形式や様式を揃え、よりシンプルに伝わりやすくできるかがその後の明暗を分ける。
──デジタル化をきっかけに従来業務のやり方自体を見直す。まさにDXだ。
酒井 自治体職員と違って、われわれ住民は行政手続きのことを常に考えて暮らしているわけではない。数年ぶりに役所を訪れ、突然目の前に書類を出されても理解しやすい、記入しやすい「住民目線のデザイン」を取り入れるべきだ。
WEB化も進めてほしい。WEBの質問フォームであれば、「ここで回答が止まった」といったログデータを基に改善につなげることができるが、紙の様式の場合は作成者が想像するしかない。また、誤って入力した際にシステム上にエラーが表示されるように設定すれば、申請書が郵送で役所に届いて初めて記入漏れに気づき、本人に再度電話で確認するといった行政事務の手間を省くこともできる。
廣川 WEBデザインでは、画面を見ているユーザーの視線がどう動くかを計算しながらのデザイン設計も可能だ。従来型の行政サービスをデジタル化する際に、住民視点のUI/UX(ユーザーとの接点や体験)をいかに組み込めるかがカギとなる。うまく活用すれば、インターフェースを通じて住民の課題をより広く正確に把握できるなど、対面形式では成しえない新たなコミュニケーションツールとなりうる。
行政もマーケティング思考を身に付けるべきだ。データを基に自らの自治体住民の特性や需要を分析し、ターゲット像を想定したうえで「必要な人に、必要なサービスを過不足なく届ける」といった戦略が今後求められる。
──従来型のやり方にとらわれない人材の育成も必要だ。行政のデジタル化を進める上で求められる人材とは。
庄司 目の前の仕事を俯瞰し、疑問を感じ、問題に気づく視野を持つことだ。「なぜ非効率なやり方で紙の書類を整理しているのか」「わざわざ窓口まで足を運んでもらう必要があるのだろうか」といった課題発見の目を持つ。その次に、見つけた課題の解決と、法律や条例といった現行制度との間でいかに整合性を取るかといったバランス感覚も必要だろう。
廣川 プログラミングが書ける、ビッグデータの分析ができるといった専門スキルをすぐに身に付ける必要はない。行政は住民や民間企業を巻き込んで地域課題を解決していく〝旗振り役〟でもあるので、必要なのは「物事を論理的に考え、日本語で分かりやすく説明する力」だ。ITベンダーにシステムを発注する際にも、そのシステムで何を達成したいのかを相手にストレートに伝え、交渉の舵取りをしていくことが重要だ。
酒井 課題を正確に把握し、求める要件を適切に伝えられることも大切だ。
少し話が逸れるが、ITやデジタルの仕事に関わりたくて自治体職員を目指す人はあまり多くない一方、地域のために尽力したい、住民のために貢献したいといった熱意や優しさを持っている職員は多い。
そういった職員が、デジタル化によって紙の書類の処理に忙殺されることがなくなり、インターネットを通じて住民との接点が増えることで、本来備わっている能力や資質をより発揮できる可能性もある。