オトナの教養 週末の一冊

2013年4月26日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 おかげで、文字だけでは難しくなりがちな内容を、親しみをもって読ませ、映像のスパイスを効かせることに成功している。

社会制度、経済、文化、感情…
複雑な力学をどこまでおりこむか

 本書における未来予測の時間軸は、近未来(現在~2030年)、世紀の半ば(2030年~2070年)、遠い未来(2070年~2100年)という三段階に設定されている。各段階でテクノロジーがどこまで発展し、人びとの生活がどんな様子になるのかを予測する。

 科学者でないのに科学の世界を取材している私は、著者からすると「アウトサイダー」である。アウトサイダーが意見をいうのはおこがましいが、本書の予測にはおおむね同意するところが多かった。

 興味深かったのは、ナノテクノロジー分野。今世紀の半ばには「変形テクノロジー」の一種がありふれたものになっているかもしれない、という。たとえば、電荷を変えれば配列が変わるようなプログラム可能な物質ができている。インターネットを通じてソフトウェア・プログラムをダウンロードすれば、おもちゃや家電を新品につくりなおすことができる。

 宇宙旅行でも、無数の微小な「ナノシップ」が星々へ向かって打ち上げられ、「群れ」のように行動して、ごく一部が到達することが考えられるという。「各個体の能力とは別個に、群れ自体の知能をもつように見える」群ロボットや、微小なセンサーをもつ粒子を何十億個も空気中に放つ「スマートダスト」といった概念には、大きな可能性を感じた。

 一方、あえて難をいえば、医療とエネルギーの分野で著者の認識がやや古かったり、偏ったりしているように感じるところがあった。

 ひとつには、翻訳も含め、本になるまでのわずかなタイムラグでもすぐに古くなってしまうほど、進歩のスピードが速いせいだろう。また、細分化と深堀が進む現代科学では、「インサイダー」である物理学者といえども、把握しきれない分野があるのは、いたしかたない。

 科学技術が変化を促すエンジンである一方で、社会制度や経済、文化、人間の感情といった力が、それとは逆向きにはたらくこともある。こうした複雑な力学をどこまでおりこむかが、難しいところである。

時として予言どおりにならないのはなぜか?

 過去の予言が当たらなかった理由として、著者は「穴居人の原理」と呼ぶものをあげている。

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