大統領に最初の報告が上がったのは4月のことのようであるが、反米路線のカーン政権が倒れたのは4月である。軍はカーンを見限ったと見られるが、陸軍参謀長が米国とは戦略的関係にあると演説をしたのは3月だったことを指摘し得よう。
脅威は支部や関連組織に移行
この一件はテロリストを追跡し捕捉・殺害する米国の能力を示したものである。アフガニスタンを撤退してもアルカイダをはじめ国際テロ組織と戦うover-the-horizonの能力があるとのバイデン大統領の主張を裏付ける形となった。
その一方、タリバンとアルカイダの密接な関係を暴露した。米国はドーハ合意違反だと主張しているが(ドーハ合意の有効性を今更主張することにどれ程の意味があるか疑問ではある)、ドーハ合意が成った後も両者が密接な関係を維持していることは当時指摘されていたことであり、驚くには当たらない。
ザワヒリはアルカイダの頭脳とされ、イデオロギーを主導して来たとされる。バイデン政権はザワヒリがアルカイダの戦略を指導し、その世界的なネットワークを率いて来たとして彼の殺害の意義を強調している。
しかし、ネットワークは今や分断され、その脅威は中東やアフリカの支部や関連組織それぞれが実行する脅威に移行しているのが実態であり、西側を標的とする中枢の指令による作戦が実行されたことは久しくない。ザワヒリの死は後継者の問題を提起するのかも知れないが、アルカイダの現状に大きなインパクトを持つものではないであろう。
この一件にタリバンがアルカイダに聖域を提供することに慎重になる効果を期待し得るかとなると懐疑的たらざるを得まい。むしろ、この一件に反発してタリバンがアルカイダなどテロ組織に対する支持を強める危険があるかも知れない。西側の関与によってタリバン政権自体の体質を変えられるのであれば、事態も変わり得ようが、その見通しは立たない。