高まるサイバー攻撃と「認知戦」
ペロシ訪台の直前に公表された2022(令和4)年版『防衛白書』では、台湾側の分析として、中国による台湾侵攻のシナリオが初めて記載された。中国は演習名目で軍を中国沿岸に集結させ、偽情報を流布させる「認知戦」を行使し、台湾民衆のパニックを引き起こした後、ミサイルの発射とサイバー攻撃で重要施設を攻撃するという流れが示されている。
まさに今回の軍事演習は、分析通りのことが行われていた。台湾総督府によると、公的機関に対するサイバー攻撃は、過去最多だった時の23倍という膨大な規模の攻撃が確認され、攻撃に使われたIPアドレス(ネット上の住所)は、中国やロシアが多かったという。8月5日付けの読売新聞によると、台湾外交部(外務省)や国防部(国防省)のウェブサイトが一時ダウンしたほか、市民に身近なコンビニエンスストアの電光掲示板が至る所で乗っ取られ、「ペロシは台湾から出ていけ」という文字が表示されたと伝えている。
これらの事実から日本が導き出さなければならない教訓は、ミサイル攻撃とサイバー攻撃に対する強固な防衛体制の構築であることは明らかだ。併せて、ミサイル攻撃から国民を守るシェルターの設置など、国民の避難や保護を円滑に実行できる体制を早急に整えることにほかならない。
迷走するミサイル防衛
北朝鮮の核とミサイル開発への備えとして、日本は04年に弾道ミサイル防衛(BMD)システムの整備を開始した。日本を標的に飛翔する弾道ミサイルを、洋上のイージス艦がSM3ミサイルを発射し、大気圏外の宇宙空間で迎撃、撃ち漏らした場合は、地上に配備するPAC3ミサイルが破壊するという2段階の防衛システムだ。
しかしその後、北朝鮮がミサイル発射を繰り返すようになり、虎の子のイージス艦がミサイルを待ち受けるだけの〝砲台〟となってしまったため、政府は17年、同じ能力を持つ「イージス・アショア」、いわゆる陸上配備型イージスの導入を決め、24時間365日連続したミサイル防衛体制の確立を目指してきた。ミサイル対応に専従する海上自衛隊の負担を減らし、イージス艦を機動的に運用するのが目的だったが、20年6月、異変が起きた。
当時の河野太郎防衛相が突如、イージス・アショアの配備停止を決定したからだ。迎撃ミサイルを発射した後に、燃え尽きたブースター(ミサイルの推進装置・重量約200キログラム)が発射地周辺の住宅地に落下する恐れがあり、これを防ぐにはミサイルの改修に2000億円の巨費と10年の歳月が必要だというのが理由だった。
だが、迎撃ミサイルを発射する事態とは、ミサイルが日本に着弾する恐れがある時だ。弾頭に核兵器が積まれていれば、広島と長崎に続く第三の被爆地が現実のものとなる国家危機にもかかわらず、極めて限定的な住民被害が優先されるとは……。説明に耳を疑ったが、計画中止の口実に過ぎないことも明らかだった。
なぜなら、ブースターの落下が理由であれば、改修など不要な発射適地を探せばいいだけだ。沿岸の埋め立ても可能だ。何より住民被害を理由にするなら、地上配備のPAC3ミサイルも同じだからだ。
結局、代替地を探すこともせず、半年後の20年12月、イージス・アショアに代えて、イージスシステムを搭載する2隻の艦船を建造することが閣議決定されてしまった。ミサイル防衛が迷走しはじめたと言っていい。
理由はいくつかある。安価な弾道ミサイルを超がつくほど高価なミサイルで迎撃する費用対効果の視点がその一つ。加えて「弾道ミサイルを待ち受けるだけでいいのか」と安倍晋三首相(当時)は、ミサイル防衛そのものを白紙的に再検討することを指示していたからだ。