同時に、住民の複雑な心境も垣間見えた。軍人や治安部隊員はラダク出身ではなく、インド全土からくる。ラダクの言語や文化をよく知っているわけではない。軍人は主にヒンドゥー教徒で、現地住民と同じ仏教徒の軍人は限られている(「ラダク・スカウト」のようなラダク出身者で構成される部隊は珍しい例外である)。顔つきもラダクの人は日本人に近く、インドの他の地域と違いがある。だから、あまりに沢山の軍・治安部隊関係者、軍と商売をするインド各地の商人が押し寄せたことで、不安も高まる。
ラダクでは、中国の脅威に対する軍への強い支持と、人々の大量流入によってラダクの文化や社会がラダクらしくなくなってしまうことへの懸念が、同時に高まっており、住民の複雑な心境を示していた。
警察の検問所を超え、パンゴン湖に着いてみると、そこは世界一といわれるにふさわしい絶景であった。インド国内や韓国などからの観光客もきており、そこに滞在する簡易施設もある。と同時に、ここがまさに、インド軍と中国軍がにらみ合う最前線である。
パンゴン湖も、すでに3分の2は中国側の支配下にあり、ここまできた道路を見る限り、もっと改善しないと、インド軍への補給が続かないだろう。聞けば、インド軍の重火器や車両の整備は、途中の駐屯地ではできず、レーまで運ばなければできないとのことであった。実際に、レッカー移動されていく軍の車両を見たが、皆、レーに向かっていった。
中国が進めるインフラ整備
印中国境のインド側は、実際に訪問することができたが、中国側では何が起きているのだろうか。インド側の認識では、中国側の方がインフラがよく、中国軍の大規模な展開が続いている。
例えば、中国軍のミサイルの展開は注目で、DF-17、21、26ミサイルを配備している。DF-17は、極超音速ミサイルで、迎撃が難しい最新兵器の一つである。DF-21と26は、弾道ミサイルで、米軍のグアム島にある基地などを攻撃する能力がある。本来は、主に、日本や米国相手に、太平洋方面に配備してきた兵器であるが、今は、インド攻撃を念頭に印中国境に配備し始めている。
ただ、インド軍にとって、それ以上に危機感を持っているのが、多連装ロケット砲の配備のようである。中国は射程が最大500キロメートルもある多連装ロケット砲を配備している。この多連装ロケット砲というのは、例えば、米国がウクライナ軍に供与したハイマースのようなものである。射程が長く、敵の司令部、弾薬庫、道路や橋、トンネルなどのインフラを攻撃可能だ。
上述の通り、インド軍を支える道路網はまだ貧弱である。整備もレーに依存している。だとすると、中国が多連装ロケット砲で、インドの道路網やレーを攻撃すると、インド軍は、補給も増援も不十分になり、国境地帯で孤立、不利な戦いを強いられるだろう。それが懸念事項だ。
さらに、中国は、印中国境(実効支配線を含む)に628もの村を建設している。当初、これらの村は、中国軍の家族を呼び寄せるためのものだと思われていた。しかし、より悪意に満ちたものであることがわかりつつある。この村は、最前線近くに建てられ始めており、そこに中国の民間人を住まわせ、中国が統治していることを示す既成事実を作るとともに、住民保護を名目とした軍事展開を強め、徐々に、国境線を拡大するためのもののようである。