筆者が研究者になりたての頃、情報を得る手段の中心は、新聞や雑誌、テレビだった。現実に公開されている情報は限られており、海外、政府機関の情報は、審議会や研究会でしか得られないものが多く、その場に参加するか、政府関係者から話を聞く以外に方法はなかった。したがって、それらの情報に関連する分野では、情報を持っていることが専門家としての意味を持っていた。
しかし現在では、インターネットを利用して海外の文献やニュースを読むことも容易になっている上、情報公開が広がり、官公庁のサイトにアクセスすれば、研究会で用いられた資料を簡単に入手することも可能で、情報へのアクセスのハードルが低くなっていることは誰もが感じているところだろう。
また、SNSを通して、個人が簡単に意見や情報を発信できるようになったことも大きな社会変化をもたらした。既存の報道機関や専門家だけでなく、誰もが情報発信の主体になれるが、それだけ誤った情報が流される恐れも高まっている。だからこそ、情報の取捨選択、真偽の見極めがますます重要になっていることを改めて強く訴えたい。
「百聞は一見にしかず」という言葉もあるように、私たちは、文字情報よりも目で見ること、すなわち写真や動画を見ることによって納得してしまうことも多い。しかし、簡単に加工・編集できる世の中において、悪意ある形で捏造されている可能性があることは、前述の岸信夫氏の例でも示されているとおりで、頭に入れておくべきであろう。
新しい情報に接したら、まず、「根拠はどこにあるのか?」と考える意識を持つことで感度を高めることができる。裏付けを自分なりに調べる、こうした行動を「事実確認(ファクトチェック)」と言い、こうした行為を徹底することが誤った情報に基づく過度な批判や対立を防ぐことにつながるだろう。
対立を解決する3つのポイント
ここまで情報の受け手側の観点から解説したが、次に、みずから情報発信する場合について考えてみたい。もっとも気をつけなければいけないのは、ネット上に一度発信した情報は取り消すことが極めて難しいという点である。自分が投稿した内容は一瞬で広がり、仮に削除したとしても、どこかには記録されてしまっているということである。
内容的に削除されると予想される投稿をスクリーンショットで記録しておき、削除された際に悪意をもってそれを暴き立てるといった事態も起きている。安易な情報発信によっていわゆる「炎上」が起き、誹謗中傷や口論も頻発している。
SNSでは発信者が匿名である場合も多く、匿名性ゆえに発言内容が過激になりやすく、対立が深まる傾向も見られる。情報発信する際には、これらを考慮し慎重に行ってほしい。
万一、対立状況に陥った時には、まず事実の確認が重要である。対立の真の原因が何であるかは、ファクトチェックを行わない限り見出せず、当事者はコンフリクトから抜け出すことができない。例えば、対話を行うにしても、一方が誤った情報を前提にしていれば、問題解決どころかさらに対立が深まってしまう。
ここで、交渉学で教えるコンフリクト(対立)・マネジメントの手法が役に立つ。ファクトチェックとともに、以下の3つのポイントを押さえることでコンフリクトを乗り越えることができる。
ポイントは、①解決を急がないこと、②相手に期待しないこと、③裏口のドアを開けておくこと、の3つである。
まず、和の精神を重んじる傾向の強い日本人は、コンフリクトに慣れておらず、早くその問題から解放されたいという思いが先走り、安易に譲歩したり、取引に応じたりしてしまうことが多い。しかし、解決を急いではいけない。
真の解決策を模索せず、その場の状況をとりつくろう反射的な対応をしても問題解決にはつながらず、一層事態が悪化する危険すらある。熟考し、すでにこの連載でご紹介してきた「価値理解」や「アサーティブネス」を駆使して、相手との対立点を的確に認識するよう努めなければならない。