高まる対中警戒感
そんな中加関係に暗雲が立ち込めるようになったきっかけは、18年に中国がカナダ人2人をスパイ容疑で逮捕、1000日以上拘束したことだろう。ファーウェイの孟晩舟最高財務責任者(CFO)が米国の逮捕状に基づきカナダで逮捕されたことに対する報復措置だとの見方が強かった。
当時は、カナダの社会や政治に対する中国の影響や介入について、カナダが懸念を強め始めた頃とも重なる。今年に入ると、19年の選挙で候補者11人が中国から資金を受け取っていたこと、また9月にスペインの人権団体が明らかにしたように、世界21カ国54カ所に存在する中国の「ポリス・ステーション」のうち3つがトロントに存在することなどが次々と分かり、大きな注目を集めていた。
中国による選挙干渉疑惑については、11月の20カ国・地域首脳会議(G20サミット)期間中に習近平国家主席との非公式首脳会談でトルドー首相はこれについて深刻な懸念を示したとみられる。「ポリス・ステーション」については、中国当局が海外に居住する自国民を監視したり、必要に応じて中国に残る家族・友人を人質にとって本国に送還したりする目的で設置されているとみられており、別の報告では52カ国102カ所とも伝えられている。
カナダ政府が22年5月に安全保障上の懸念を理由にファーウェイとZTEを5G通信網から排除する方針を決定したことで、ファイブアイズの他のメンバーとの足並みがようやく揃いはじめた。また、10月にジョリー外務大臣が訪日した際にも、中国を念頭に、「自由で開かれたインド太平洋」実現のために日本と協力することの重要性を訴えるなど、インド太平洋地域への関与に積極的な姿勢を示してきており、こうした流れの中での今回の「インド太平洋戦略」が発表されたのだった。
カナダ版インド太平洋戦略
こうしたカナダの方向転換は、米トランプ前政権の対中政策とそれを引き継ぐバイデン政権からのプレッシャーをはじめ、22年のロシア・ウクライナ戦争を通じて権威主義国家の脅威が再確認されたことなどの影響を受けた結果と考えられよう。カナダのシンクタンクのほか、台北経済文化代表処(大使館に相当)のカナダ版「インド太平洋戦略」に対する評価も高い。
同戦略は、経済構造の多角化などを目的としてインド太平洋地域との結び付きを強めようとしてきたトルドー政権主導のもと、今後10年という期間の中で、日本、インド、韓国、台湾など、アジアを中心とするインド太平洋地域内の国や地域と、経済面や外交・安全保障面で包括的に連携していくことが掲げられている。一方で、同戦略が主眼を置くのは中国で、対中警戒感が強く現れた内容となっている。
全ページ合わせて約9300ワード中、中国については45回言及されており、中国を「ますます破壊的なグローバルパワー」と位置づけ、中国の「強硬外交や、強制労働などの不公正な貿易慣行」によってカナダが影響を受けているとし、国際ルールを無視する行動に断固反対し対処する姿勢を色濃く示した。他方、気候変動をはじめ、生物多様性の損失、世界保健、核拡散といった地球規模課題解決のためには中国との協力を惜しまないとした。
日本や米国の認識と同様に、中国政府の行動と中国国民を区別すべきであるとしているが、直後に「中国の血を引くカナダ人のカナダに対する並外れた貢献は、今後何十年にも渡りわれわれの関係に多様性と深みを与え続けるだろう」と記されているように、中国系に対する配慮も含まれていると考えられる。全体として見れば、対中政策において強硬路線と協調路線が組み合わせられた内容になっている。
また、北大西洋セクションにおいては、日本や韓国との協力・連携強化の重要性について多くのページを割いて示されたこと、そして、中国を念頭に、台湾との連携の必要性についても強く示されていたことも注目に値する。日本については25回、韓国については19回言及された。