2013年5月8日付『人民日報』は一本の論文を掲載した。「釣魚島の返還のみならず、琉球問題も再び議論すべき」という刺激的なタイトルだ。作者は中国社会科学院近代史研究所所長まで務めて2004年に離任した張海鵬である。
日本政府はすぐに反応した。翌日9日の記者会見で、菅義偉官房長官が「記事が中国政府の立場であるというのであれば、断固として受け入れられない」とコメントしたのだ。しかし、当該論文は、「中国の沖縄に対する領有権」自体は主張していない。
そもそもこの論文は、沖縄に対する領有権を主張することが目的ではない。日本が“領有権の所在”について議論するのは、的外れかもしれない。この論文が公表された意味に注目すべきだろう。これは中国が上げた「新たな狼煙」かも知れないのだ。
尖閣問題の手詰まり感
範囲を東シナ海全体に広げる
中国は、少なくとも3月までは、日中関係改善に努力していたように見える。3月30日の習近平主席の側近である李小林・中国人民対外友好協会会長の訪日も、中国の日中関係改善に向けた努力の一環であったと言われる。
しかし、3月下旬から4月にかけて、中国の対日姿勢が変化を見せる。習近平主席にしてみれば、日本に足元を見られてまで中国側から働きかけることはできないということだ、という話を複数の中国側から聞いた。一方で、中国には尖閣諸島周辺での活動に手詰まり感がある。中国は、尖閣諸島周辺でとり得る行動はほぼ全てとっている。これ以上の行動は日本との軍事的衝突に発展しかねない。尖閣諸島周辺での行動はエスカレート出来ないということだ。それでも、対日強硬姿勢を示さなければならない。
そこに当該論文が登場する。沖縄までも領有権問題に関わるとすることで、東シナ海全体における海軍等の活動に「領土問題に関する意志表示」という意味を持たせることが出来る。尖閣諸島周辺で行動をエスカレートさせるのではなく、範囲を東シナ海全体に広げることによって新たなエスカレーションを示すことを企図したと考えられるのだ。