学校の外から「いじめ」へアプローチ
第1の事業は、各地域にいじめに関して相談できる窓口を設置するものである(図表1)。学校の外に相談できる場を設け、いじめに悩む子どものSOSを受け止め、学校外からのアプローチによるいじめ解消を目指すものである。
こども家庭庁設立準備室が実施した調査では、全国の221自治体のうち、いじめに関する相談窓口を首長直轄の部局に設けているケースは40%止まり。自治体が全面的に取り組んでいるとは言い難い状況がある(出所:こども家庭庁設立準備室「地方自治体におけるこども政策に関する連携体制の事例把握調査」)。
2013年に、「子どもが『嫌だ』と感じる行為は全て『いじめ』」と定義したいじめ防止対策推進法が成立してから10年。子どもの自殺や、学校や教育委員会の隠ぺい体質が批判される事件が繰り返されている。
こうしたなか、首長部局主導でいじめ対策をおこなう自治体が増えている。事業はこうした自治体レベルの動きに呼応するものである。
加害者の転校勧告や刑事告発も視野
国事業のモデルとなるのが、19年10月からはじまった大阪府寝屋川市の「いじめゼロ」への新アプローチである(図表2)。
学校現場が教育的指導としての正しさを追求すればするほど、いじめ問題は深刻化する。寝屋川市は、「教育的アプローチの限界」という仮説を立てる。
その上で、被害・加害の区別せずに教育指導すべき児童・生徒と考える教育的アプローチに対して、「被害児童・生徒」「加害児童・生徒」という概念を導入し、被害者の尊厳を守るために、加害者に厳しく対応する「行政的アプローチ」を導入した。
さらに、行政的アプローチでは対応できないケースでは、警察への告訴、民事での訴訟を行うなどの「法的アプローチ」も用意している。
行政的アプローチの実現のために、首長部局に「監察課」が創設され、ケースワーカーの経験や弁護士資格を有する職員が配置された。22年度は認知したいじめ183件について、1カ月以内にいじめ行為を停止させ、全件でいじめの終結を確認したとしている(出所:こども家庭庁設立準備室「地方自治体におけるこども政策に関する連携体制の事例把握調査」,p.26)。
22年12月には、寝屋川市で「いじめ対策サミット」が開催された。いじめを受けた中学2年生が凍死した問題で近く再調査に乗り出す北海道旭川市や、子どものいじめ防止を目的とする条例を10年前に制定した岐阜県可児市などが参加している。
一連の動きに、教育への政治関与を懸念する声もある。首長部局による積極介入は、教育委員会の政治的中立性をおびやかすからである。
名古屋大学大学院の内田良准教授は、一連の議論を整理したうえで、「子供の安全か、教育の政治的中立性か。それとも、この二項対立を乗り越える方法があるのか。教育的アプローチの限界は、子供たちの学校生活の限界に帰結する。議論にタブーは、いらない。子供の苦しみに向き合うことが先決だ。」と、更なる議論と対策の必要性を提起している(出所:内田良「いじめ対応 教育的アプローチの「限界」 いじめ加害者の出席停止の勧告等、市長による積極介入から考える」)。
学校という政治的中立を守るべき領域に、行政が介入する。学校を聖域と考える関係者にとっては、脅威となりうる事業である。