2023年2月5日(日)

スポーツ名著から読む現代史

2023年1月6日

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中島章隆 (なかじま・ふみたか)

元毎日新聞運動部長・論説委員

なかじま・ふみたか 1952年長野県生まれ。元毎日新聞運動部長・論説委員。現在は立教大講師、東京プロ野球記者OBクラブ理事。月刊政策情報誌「毎日フォーラム」で2009年から「スポーツを読む」を連載している。

 2023年の大相撲初場所が8日、初日を迎える。横綱、大関がともに1人だけしかいないのは125年ぶり。昨年は6場所すべて違う力士が優勝した。しかも名古屋場所以降の3場所は平幕が連続優勝を飾った。これは1909(明治42)年に優勝制度が確立して以来、初めてのことだ。

 「主役不在」の印象が強い大相撲。今年は新たなスター力士が誕生する世代交代の年になるのだろうか。

(m-ikeda/gettyimages)

 国民的関心の高い大相撲だが、相撲を日本の「国技」と規定した法律などがあるわけではない。では、なぜ「国技」と考える人が多いのか。

 その謎にこたえてくれるのが今回紹介する『相撲、国技となる』(2002年大修館書店)だ。著者の風見明氏は大手電器メーカーで半導体開発に従事した理系の技術者だが、大相撲の歴史に詳しく大相撲に関する他の著作もある。なぜ、多くの日本人が「相撲は国技」と考えるようになったのか、貴重な一冊を通じて考えてみたい。

「裸体禁止令」下の相撲

『相撲、国技となる』(風見明著、2002年大修館書店)

 結論から先に書くと、大相撲が「国技」と考えられるようになったきっかけは、1909(明治42)年に完成した東京場所の「常設館」の名前を「国技館」としたことが、その直接的な原因となったと著者は指摘した。では、どんな時代背景の下で「国技館」と命名されたのか、同書から当時の状況を読み解いてみよう。

 神事としての古い歴史を持つ相撲だが、興行として庶民から人気を博するようになったのは江戸時代からだ。明治時代に入っても、江戸から改名した東京や大阪など大都市を中心に、「東京相撲」や「大阪相撲」など各地に都市名や地域名をつけた相撲が行われていた。そんな中、東京相撲に危機が訪れる。

 1871(明治4)年11月29日、東京府の大久保一翁知事が「裸体禁止令」を出した。<裸体は外国人に見られた時みっともなく、国の体面を汚す、というのが裸体禁止の布達を出した理由だった。当時の外国人といえば外交官や技術者であり、東京に集中していた。彼等の日本観を念頭に置いて布達だったのである。>(同書4頁)

 「裸体禁止令」がやがて「相撲禁止論」へとエスカレートしていく。その理由を著者はこう分析する。

 <鎖国していたため近代化に乗り遅れた日本は、明治維新後、西洋を手本として近代化を図ろうとして、西洋の制度や技術等を模倣した。(略)西洋のものはすべて良くて、正しく、文明的であり、日本に前からあるものは悪く、不正で、野蛮であり、否定すべきものだとする見方が広まった。西洋にない相撲はこうして槍玉に挙がったと考えられよう。>(同書11頁)


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