2024年12月22日(日)

Wedge REPORT

2023年1月25日

小型のロボット農機が群れをなし無人で農作業を行う〝未来の農業〟のイメージ(NTT提供)
 「農業はもっとクリエーティブなものになる」。無人農業ロボット研究の第一人者で『下町ロケット ヤタガラス』(池井戸潤、小学館)の登場人物のモデルになった野口伸教授はこう語る。野口教授が描く農業の未来とは─―。

聞き手/構成・編集部 鈴木賢太郎
1961年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。北海道大学助手、助教授を経て、2004年より現職。専門は農業ロボット、スマート農業。

 
 日本では農業従事者のさらなる減少や高齢化によって、1人当たりの農作業量が増える。省力化・省人化は急務だ。また、農業技術をいかに次世代の担い手に継承していくかも課題である。

 スマート農業は、日本の農業が抱える複雑な課題の解決策の一つとなる。これまで民間企業が培ってきたロボット、AI、センサーなどの周辺技術は、すでにさまざまな産業に応用されている。一見、農業に関係がないように思える技術でも、農業技術と組み合わせてシナジー効果が生まれれば、農業に「ゲームチェンジ」を起こすことができるはずだ。

 スマート農業は、生産から収穫までの情報化を進め、生産性向上を目指す部分に注目が集まる。だが、その本質はデータの利活用にある。農業のデータをフードチェーン(農産物の生産から消費までの流れ)の上流から下流まで一貫して活用できれば、消費者のニーズを踏まえた効率的な生産・出荷体系が構築できるようになる。これは農産物に消費者のニーズを加味することになるので付加価値の向上にも寄与するだろう。

「リモート農業」への挑戦

 私は長年、遠隔操作で全ての農作業を担うロボット農機の研究開発を行ってきた。現在、社会実装されているのは、人間の目視監視下で自動走行ができる「レベル2」のロボット農機だ。今は、遠隔監視下での自動走行や点在する農地間移動の機能を持つ「レベル3」のロボット農機の実装に向け、北海道岩見沢市・浦臼町、高知県北川村などで産学官連携の実証実験を行っている。

 将来的には「リモート農業」を実現させたい。遠隔操作が可能なロボット農機が実用化すれば、北海道にいながら、四国、九州、沖縄の農作物の栽培を遠隔で手伝うことができる。さらには、日本にいながらグローバルな農業ビジネスを行うこともできるようになる。例えば、北海道は冬季に積雪で農作業ができないが、その間に豪州の農園を運営したり、海外で広大な農地を借り「メード・バイ・ジャパン」の農産物を生産することも夢ではない。加えて、現下のウクライナのように政情が不安定な中でも、無人のロボット農機を遠隔で操作すれば、安全に、安定的に食料生産を行うことができるようになる可能性も秘めている。

 当然、リモート農業の実現のハードルは高い。超高速・低遅延・大容量の情報通信技術が不可欠であるし、セキュリティーやロボットの信頼性も担保する必要がある。研究の深度化、コストダウンには多くの時間がかかるかもしれない。

 冒頭述べたように、日本の農業に関して悲観的な報道が多い。確かに逆風が吹いていることは間違いないが、傍観していても状況は決して好転しない。自らの手で、そして日本の持つ技術力を活用し、安定した食料生産の手段を確保しておくことが欠かせない。リモート農業は外部への作業委託やスマート農機シェアリングなどによって高い生産性を達成できるので、日本の農業再生の切り札の一つにもなる。私はこうした挑戦が農業の未来を切り拓くことにつながると信じている。日本や世界の農業がさらなる発展を遂げるために、これからも前向きに研究を続けていきたい。

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 イノベーション─―。全36頁に及ぶ2022年の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の本文中で、22回も用いられたのがこの言葉だ。
 「新しくする」という意味のラテン語「innovare」が語源であり、提唱者である経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが「馬車を何台つないでも汽車にはならない」という名言を残したことからも、新しいものを生み出すことや、既存のものをより良いものにすることだといえる。
 「革新」や「新機軸」と訳されるイノベーションを創出するには、前例踏襲や固定観念に捉われない姿勢が重要だ。時には慣例からの逸脱や成功確率が低いことに挑戦する勇気も必要だろう。平等主義や横並び意識の強い日本社会ではしばしば、そんな人材を“尖った人”と表現する。この言葉には、均一的で協調性がある人材を礼賛すると同時に、それに当てはまらない人材を揶揄する響きが感じられるが、果たしてそうなのか。
 “尖る”という表現を、「得意」分野を持つことと、「特異」な発想ができることという“トクイ”に換言すれば、そうした人材を適材適所に配置し、トクイを生かすことこそが、イノベーションを生む原動力であり、今の日本に求められていることではないか。
 編集部は今回、得意なことや特異、あるいはユニークな発想を突き詰め努力を重ねた人たちを取材した。また、イノベーションの創出に向けて新たな挑戦を始めた「企業」の取り組みや技術を熟知する「経営者」の立場から見た日本企業と人材育成の課題、打開策にも焦点を当てた。さらに、歴史から日本企業が学ぶべきことや組織の中からいかにして活躍できる人材を発掘するか、日本の教育や産官学連携に必要なことなどについて、揺るぎない信念を持つ「研究者」たちに大いに語ってもらった。
 多くの日本人や日本企業が望む「安定」と「成功」。だが、これらは挑戦し、「不安定」や「失敗」を繰り返すからこそ得られる果実である。“日本流”でイノベーションを生み出すためのヒントを提示していきたい。
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