2024年4月27日(土)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2023年2月10日

どのデータが不足なのか?

 このように、この論説は海洋放出に批判的な専門家や組織の意見を紹介することで、政府と東電側の対策に疑問を持たせる構成になっている。それでは批判は正当なのだろうか。

 東電のデータが不十分という意見があるが、求められるデータとは、現在どの程度の放射性物質があるのか、処理施設でどれだけ除去することができ、どれだけ残るのか、処理水を希釈して海洋放出する場合に、放射線量は規制に合致しているのかなどだ。

 これらのデータはすべて公表され、多量の情報を英文で読むことができる。これ以上、どのようなデータが不足なのか、なぜそのデータが必要なのかを述べずにデータ不足を主張するのは、単なる反対のための口実に過ぎない。

 東電が限られた放射性核種しか測定していないという批判もあるが、東電は処理水に含まれるトリチウム、62核種、そして炭素14を測定している。健康や環境への影響が懸念される核種はすべて測定しているのだが、それ以外に測定すべき核種は何なのか、なぜその測定が必要なのか。この点を明らかにしないのでは議論ができない。

トリチウムは蓄積しない

 飲料水の基準を下回るトリチウムであっても、海水の自然レベルの数千倍であり、トリチウムが海洋生物に蓄積し、魚や人間に影響を及ぼすという海洋生物学者の意見については、不勉強としか言いようがない。

 第1に、トリチウムが生物に蓄積することはないという事実は生物学者であれば知っているはずだ 。実際に2015年度の東日本海域における調査では特定の生物へのトリチウムの濃縮は確認されていない 。そうは言っても心配する人がいるので、東電は原発敷地内に実験棟を設置して処理水でヒラメを養殖し、トリチウムが蓄積しないことを確認している

 第2に、放出される処理水中のトリチウムは1リットル当たり1500ベクレル以下であり、飲料基準である1万ベクレルをはるかに下回る。これを1ベクレル程度のトリチウムを含む海水中に放出すれば、直ちに拡散して濃度は低下する。飲料水基準より低濃度のトリチウムを放出し、希釈によりその濃度がさらに低下するにもかかわらずこれを危険というのであれば、その科学的根拠を示すべきである。

 第3に、現在は多核種除去設備ALPSなどを使って放射性物質を含む汚染水を処理している。これを、カキの養殖タンクに汚染水を入れてカキの殻に放射性物質を取り込ませる方法に変更するというアイデアはいかにも海洋生物学者らしいが、その実現可能性が極めて低いことはすぐに分かることである。


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