2024年7月16日(火)

Wedge OPINION

2023年3月14日

 今年1月、フォーリンアフェアーズ誌に堂々とロシア民主化論(「ロシア国民からも湧きあがる民主化議論 地政学の新展開」)を書いたガリル・カスパロフ氏やミハイル・ホドルコフスキー氏などの他にも、暗殺された野党政治家のボリス・ネムツォフ氏や投獄されている反体制派指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏らはいずれもリベラル志向の指導者としてロシア内外で広い支持と尊敬を集めてきた。勿論彼ら以外にも多数の民主化の闘士がいる。

 CNNは最近ナワリヌイの伝記映画を世界に向けて配信した。23年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した傑作だ。冷静沈着で思慮深く度量のある指導者の風貌を遺憾なく描出している。

 15年に暗殺されたボリス・ネムツォフ氏は筆者が出席した北方領土交渉に当時のエリツィン大統領の側近として参加していたが、これまた思慮深い肩幅の広い悠揚迫らざる男と云う印象であった。プーチン大統領がこの男を抹殺する必要を感じたのは理解できる。大統領自身がロシアと云う国は放置しておくと必ず民主化すると信じているからだ。

しかし本当にロシアは民主化するのか?

 今回のウクライナ戦争の結果、ロシアの国内が混乱し、プーチン大統領が退任する事態となればあらゆることが起きる。この辺のことを中国は全て想定している筈だ。

 中国はプーチン氏並みの強硬専制指導者が出てくることを期待し、工作をするだろう。仮にそうなった場合でも、プーチン大統領が就任直後に経験した経済的な幸運に恵まれ、順調に支配権を確立する可能性は低い。

 しかし、ロシアがウクライナ戦争後の復興を実現しようとするなら欧米との結合が不可欠だ。ロシアの民主化を浩瀚(こうかん)に論じた米国の戦略国際問題研究所(CSIS)のマックス・バーグマン主任研究員はおよそ次のように述べている。

 「第二次世界大戦直後もドイツの民主化はほぼ不可能と云われていた。ソ連が崩壊したのはレーガンや西側が鉄拳を振るった時ではなく西側が援助の手を差し伸べた時だった。現代のロシア人に対しては民主主義で生きていくならこの国が経験したことのない大きな可能性が開かれていること、そしてNATO や欧州連合(EU) への加盟も可能であることをロシア全土にはっきりと伝えるべきだ。ロシア人が民主主義を受け入れる可能性は存在している」(「What Could Come Next? Assessing the Putin Regime's Stability and Western Policy Options」Max Bergmann、January 20, 2023

 ロシアの民主化は現にあり得る展望だ。北京の政策当局者はナワリヌイの言動やCNNの映画、フォーリンアフェアーズ誌の2人のロシア民主派指導者の論文、2月のミュンヘン安保会議でこの両名がロシア民主化論を雄弁に論じ、ネムツォフ氏の未亡人らが気勢を上げた様子などは知っているはずだ。

 それのみならず、プーチンの戦争がどれ程ロシア国民の不興を買っているか、 百万人近いロシア人がロシアのために戦わないで国を去ったことなどを北京最高幹部が知らないわけがない。毎日「プーチンは大丈夫か?」と云う分析会議がトップレベルで行われている筈だ。

安全保障政策に地政学的アプローチを

 アジア太平洋の安全保障環境の展開に伴って日本が防衛費を増額することは当然視される。だが賢明な地政学的アプローチによってロシアの民主化を実現し、その結果ユーラシアに永続性のある安保環境を構築することが出来れば、経費負担を軽減できる。更に、永続性のある安保環境は当然新たな永続性のある付加価値生産の体系を生み出す。

 逆にユーラシアの地政学的環境が専制国家に有利になってしまえば、防衛費増加は大規模化し、日本では相当大きな対立に発展する危険がある。よってロシアの民主化は他人事ではない。

 日本は米欧と協力してユーラシアの地政学を自由平等民主を基盤とするため多角的な作戦を練り、外交努力を傾注するべきだ。

 
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 ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。
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