2024年11月22日(金)

21世紀の安全保障論

2023年4月18日

米軍情報への配慮

 それは2005年5月、読売新聞朝刊の1面に掲載された「中国潜水艦 火災か」の記事をめぐる対応である。記事は中国海軍の潜水艦が南シナ海で火災を起こし、まさに今、中国の海南島に向けて曳航されているという内容だった。

 日本にとって重要な海上交通路(シーレーン)で何が起きているのか――を知らせる内容であり、国民が知るべき情報であることは間違いない。公にできないような防衛上の秘密とは思えないが、事態は急変する。

 それは「中国潜水艦で火災。航行不能」という情報が米軍から防衛庁(当時)にもたらされた直後に、その内容が報道されたからだ。

 取材源の秘匿は記者倫理上の責務であり、新聞社は取材源の秘匿を貫き通したが、米軍から情報が伝えられた直後だっただけに、役所内でその情報を知り得る立場の人は極めて限られていた。その結果、警務隊の捜査で情報漏洩者は簡単に突き止められ、漏洩した情報本部の1等空佐は自衛隊法違反の容疑で書類送検されている。

 この時も、今回の元海自1佐のケースと同様に、防衛省は検察の判断が出る前の08年10月、公務員の懲戒では最も重い免職という厳しい処分を下している。その2週間後、東京地検は元1空佐を「懲戒免職により社会的制裁を受けた」ことなどを理由に、不起訴処分(起訴猶予)としている。

 この時期、防衛省・自衛隊では、米軍から提供された最高機密であるイージス艦情報の流出事件が発覚する一方で、弾道ミサイル防衛(BMD)システムの運用も始まり、日米は情報共有を進めなければならなかった。厳しい処分について、筆者は当時、自衛隊幹部から「同盟の信頼が損なわれる事態は回避しなければならない。防衛省とすれば、情報保全に厳しい米国に配慮せざるを得なかったのでは……」との説明を聞いたことを覚えている。

 2人の元1佐のケースに共通し、内在している問題を通して、私たちは情報に対する感度を高める大切さを学ぶ必要があるのではないだろうか。

さらに強固となる日米の情報共有

 学ぶべきは、現下の安全保障環境の中で、日米の情報共有は一層緊密化し、必然化するということだ。端的な例は、昨年末の安保3文書で保有することが明記された「反撃能力」について、現実にそれを運用しなければならない状況に至ったケースだ。

 反撃能力の保有について国会では「先制攻撃になりかねない」といった議論ばかりが聞こえてくる。だが、日本の安全が脅かされる危機に直面し、反撃能力を行使せざるを得ない場面で必要不可欠なのは、敵の領域内にある基地や兵器の位置情報、言い換えれば、目標を確実に攻撃し、破壊できるターゲティング(Targeting)能力にほかならない。

 それには静止衛星や光学衛星など宇宙からの監視の眼に加え、電波や通信の傍受などさまざまな情報収集手段が必要だが、現時点で自衛隊はそのほとんどの能力を保有していない。米国から調達する巡航ミサイル「トマホーク」も、目標に至る飛翔経路の正確な3次元地図がなければ、発射ボタンを押すこともできない。裏を返せば、日本が保有しようとする反撃能力は、米軍が収集するさまざまな情報に依拠して運用せざるを得ないということだ。

 3月下旬、都内で開かれた安全保障のシンポジウムで、反撃能力の行使について元統合幕僚長(陸将)の折木良一氏は「日本の判断だけで反撃することなどできない。米国そして場合によっては韓国とも調整しなければならない」と説明する。情報はもとより戦力の運用に関して、これまでとは比較できないほど日米の連携と共有を進めなければ日本の安全は保てないということであり、米国から信頼を得続けるためには、「特定秘密保護法」の厳格な運用が求められるということでもある。


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