核のボタンの行方
3月25日にプーチン大統領が表明したベラルーシへの戦術核配備の決定も、ルカシェンコとの容易ならざる関係性を考慮に入れると、違う景色が見えてくる。
筆者は、当然のことながら、プーチンが言っているのは、ベラルーシ領に展開するロシア空軍機に戦術核を配備するという意味なのだろうと理解した。これならば、グレーゾーンではあるが、核不拡散を遵守していると強弁できる。ところが、ルカシェンコの言動からは、ベラルーシ軍に戦術核を導入し、自らが核のボタンを握る気満々であることが見て取れたのである。
筆者が最も信頼するベラルーシ人政治学者であるV.カルバレヴィチ氏も、最近発表したコラムの中で、そのあたりの矛盾について論じている。プーチンが3月25日に「ベラルーシに核兵器を引き渡すわけではなく、ロシアの核兵器をベラルーシ領に配備する」と発言したのに対し、ルカシェンコは3月31日の教書演説で「これはわが国の核兵器であり、わが国の領内に置かれた兵器はすべてわが国が管理する」と述べ、根本的な隔たりが露呈した。
おそらく、3月25日にプーチンが配備方針を表明した時点では、ルカシェンコには事前の説明がなかったのではないか。こうした対立ゆえ、4月5日の首脳会談は紛糾し、深夜まで6時間も続いたのだろうと、カルバレヴィチ氏は舞台裏を推理する。
率直に私見を申し上げれば、プーチンがルカシェンコのような気の許せない相手に核のボタンを委ねるなど、ありえないことである。そんなことをしたら、事の成り行き次第では、ルカシェンコが核を使ってロシアを恫喝するような事態も、起きない保証はない。
国際社会を騒がせたプーチンによるベラルーシへの戦術核配備発言であったが、ルカシェンコ側との調整が難航し、実現しない可能性もありそうである。
ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。
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