ロシア軍はウクライナ侵攻開始以後、総司令官が繰り返し交代しており、1月に異例の形で総司令官に就任したゲラシモフ参謀総長も目立った成果を上げられていない。軍主要幹部の交代が止まらないという事態そのものが、ロシアの戦線での苦境を物語っている。ウクライナでのロシア軍の戦死者数をめぐっては、英国防省は侵攻開始から1年間で最大20万人規模に達していると推計している。
戦闘終了を求める声もあからさまに上がりつつある。ウクライナ侵攻に参画するロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者、プリゴジン氏は4月、「政権は軍事作戦の終了を宣言すべきだ」とSNS上で表明した。東部で十分な「戦果」を挙げたからなどとしているが、ロシア軍の主目標とされる東部のドネツク、ルガンスク両州の制圧もできていないまま、戦力の損失でこれ以上の制圧地域の拡大も困難と判断している可能性がある。
ウクライナ軍が欧米諸国と連携して大規模な反撃を準備するなか、現状での凍結を求めることは〝都合の良い〟訴えだと言えるが、東部戦線の激戦地で戦闘を続けてきたワグネルのトップがこれ以上の占領地の拡大が困難と判断した事実は重い。
米機密文書流出の影響は
そのような最中に、米国防総省の機密文書がインターネット上に多数流出していた事態が発覚し、ウクライナ危機に対する米国や西側各国のかかわりや、米側が抑えていたロシア軍の詳細な状況が表面化する事態が起きた。ウクライナ軍の防空ミサイルの枯渇が視野に入っていた事実や、米国や欧州諸国のウクライナ軍への関与の一部などが明らかになった。
ネット上に流出した文書がどこまで本物で、それが実際に戦況へどう影響するかといった点は不透明な部分が多く、現時点では評価が難しい。ただ、ウクライナ危機をめぐる情報は、事実としても想定しうる内容のものが多く、さらに数カ月前の情報もあり、今後の戦闘にどこまで影響を及ぼすかは見えないのが実情だ。
冷戦を終結させたゴルバチョフ元ソ連大統領が死去し、1980年代以降のソ連の民主化の流れを生み出した市民の力は、プーチン氏の登場以後、着実にその勢力を弱められ、ウクライナ危機で完全に封じ込められた。米露の対立激化はもはや、冷戦期に匹敵する様相を呈しているが、ロシア国内ではそれを止める勢力は皆無となっている。ウクライナ侵攻というプーチン氏の暴走が止まらない限り、事態が改善に向かう可能性を見いだすことはできない。
ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。
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