2024年5月16日(木)

唐鎌大輔の経済情勢を読む視点

2023年6月14日

 日本の銀行部門において貸出が盛り上がらず国債投資が増えたのは、低成長の結果として「資金を持て余している主体」となった家計や企業から、成長の下支えを強いられ「資金を必要としている主体」となった政府へ、銀行を介して資金が融通されたというだけの話である。低成長に合わせ銀行の本質的役割である「資金過不足の調整」が機能したとも言える。厳密には黒田東彦体制以降、民間銀行から日本銀行への国債移管が進んだ構図となっているが、銀行部門で国債が消化されているという事実に変わりない。

 まとめると、これまでの日本で「貯蓄から投資」が進まなかったのは「そうせざるを得ない経済状況があったから」という事実が出発点になっている。円建て現預金を中心とする家計金融資産の構成も、それを原資として低位安定する国債利回りも、一国経済の地力を反映した結果であり、その結果を力づくで変えようとしているのが「骨太の方針」で謳われている「資産運用立国」論ではないかと思われる。

日本人が貯蓄しないなら誰が国債を買うのか?

 善悪は別にして「民間銀行-政府部門-日本銀行」が三位一体となっている日本国債の消化構造は円金利の安定という意味では盤石である。資産運用立国の旗印の下、家計金融資産を開放し「貯蓄から投資」を政策的に促すことは、この消化構造を揺さぶる行為とも見受けられる。

 仮に、政府の企図する通り、「貯蓄から投資」が盛り上がった場合、国債は無難に消化されるのか。しばしば「眠っている」と表現される現預金は銀行部門経由で国債購入に充てられている。それが眠りから目覚め、例えば外貨建て資産へ投資された場合、日本の銀行部門の代わりに国債を買う経済主体を見つけてくる必要はないのか。

 海外部門に購入して貰う展開はあり得るが、国内投資家のような低利での購入は当然望めない。円金利上昇は円安同様、国民生活に直結する話であるため、こうした懸念は小さなものとは言えない。

 もちろん、実際問題として、日本の家計金融資産の構成が国際的に見て過度に保守的である可能性は否めないため、「資産運用立国」論にも正当性はある。しかし、それに付随して懸念される為替や金利といった国民生活に直結する変数への大きな影響はさほど議論されていないように感じる。

 既に制度的な枠組みが出揃ってしまっているが、例えばiDeCO(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)の抜本的な拡充が図られるにしても、円建て資産と外貨建て資産では受けられる恩恵に差があっても良かったのかもしれない。将来的に家計金融資産の変動が為替や金利に大きな影響を持っているという議論が活発化した場合、そのような修正が検討される可能性はあるだろうか。

 いずれにせよ日本において資産運用が活発化しなかった背景を検討する際には、日本人特有の保守性や金融リテラシーの欠如にその原因を求める発想も誤りではないと思われるが、日本経済が強いられてきた厳しい経済環境も併せて考慮すべきではないかと考える。現存している資金循環構造にも相応の理由とメリットがあったことも知った上で「貯蓄から投資へ」の動きを促していくべきである。

   
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