2024年7月16日(火)

Wedge2023年8月号特集(少子化対策 )

2023年7月21日

「いざ」というケースを想像し
議論することが重要

 多くの教育現場が「はどめ規定」により矛盾を抱えたまま性教育を行う中で、義務教育で包括的性教育の実践に取り組む例もある。

 「性教育の授業を始めると最初はニヤニヤする生徒が多いですが、科学的に、ポジティブに『性』を伝えると、真剣な態度に変わっていきます。生徒たちは本当のことを『本音』で話す教師を信頼するものです」

 こう話すのは、21年に定年退職するまでの30年間、東京都足立区の公立中学校で性教育を実践した樋上典子氏だ。樋上氏が在籍した中学校では包括的性教育を人権教育として教育課程の中に位置づけ、「生命の誕生」から「恋愛とデートDV」まで、中学生の3年間で計10コマの授業を行ってきた。教壇に立つのは、保健体育科の樋上氏だけでなく、国語教師や英語教師の場合もある。

 例えば、中学3年生の「避妊と中絶」の授業では「高校生になったら交際相手と性交をしてもいいか?」というテーマでディスカッションを行う。生徒たちから「愛し合っていれば問題ない」「まだ早いのではないか」などさまざまな発言が出た後、教師が「もし妊娠してしまったらどうする?」と問う。すると、生徒たちは頭を悩ませながら、「親に相談する」「高校を辞めて働く」「出産するかは彼女に任せる」「それは無責任!」などの意見を述べる。

 ここで重要なのは意見の内容ではなく、生徒が「いざ」というケースを想像し、議論することだ。樋上氏は「多くの生徒は『性交すれば妊娠するかもしれない』という当たり前のことを真剣に考えたことがありません。『寝た子を起こすな』と批判されますが、むしろ、正しい知識を持ち、考え合うことで慎重な行動につながると、生徒の感想などから読み取れます」と話す。

 樋上氏は公開授業や勉強会の実施など、足立区で長年、性教育の普及活動を行ったものの、根強いバッシングや政治の介入により学校の管理職が萎縮し、自身が在籍する中学校以外で性教育を根付かせることはできなかった。樋上氏は「性感染症の罹患や予期せぬ妊娠は、学校できちんと教育をしてこなかった私たち大人にも責任があります。性教育の将来に明るい展望を見出すためにも『はどめ規定』の撤廃が必要でしょう」と話す。

地域で〝スクラム〟を組めば
性教育は実施できる

 専門医による科学的な性教育を制度として確立した自治体もある。

 富山市では教育委員会が予算を確保し、7人の産婦人科医を市内26の中学校に派遣。特別活動や保健体育の科目として性教育の出前授業を実施している。これは「富山市学校保健専門医制度」の一環だ。00年代に東京の養護学校で人形を使った性教育が行われたことが都議会で問題視され、全国的な性教育バッシングが起きたが、富山市では「医師による科学的な性教育を決してやめてはいけない」と30年近くひるまずに続けてきた。

 前出の種部氏は、同制度を他自治体に水平展開するためのポイントは「政治を巻き込むこと」だと指摘する。

 「『はどめ規定』を超える教育が実現できているのは、産婦人科医と学校・教育委員会が協議の場を持つこと、生徒の発達段階を踏まえること、保護者の理解を得ること、の3つの要件を満たしているからです。出前授業の前後で生徒たちにアンケートを取り、その結果や当日の反応を保護者に共有しています。

 また、教育現場をバッシングから守り、制度として根付かせるには政治も必要です。議員さんと勉強会を行い、産婦人科医からみる性暴力被害や十代の妊娠のリアルを伝え、医学的なエビデンスを提示して性教育の必要性に理解を得ました。学校やPTAは、地域の産婦人科医と〝スクラム〟を組み、声を上げるべきです」


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