2024年6月20日(木)

Wedge2023年8月号特集(少子化対策 )

2023年7月25日

 ある助産師は言う。

 「子育てできないことを若者の努力不足と決めつけることは間違いです」

 子育てが〝孤育て〟になっている現代社会。こう認識するのは、医療従事者に限ったことではないようだ。

 「ヒトは共同繁殖の動物である」

 総合研究大学院大学前学長で人類学者の長谷川眞理子氏は、著書『モノ申す人類学』(青土社)の中で、この点を繰り返し強調している。長谷川氏によると、「哺乳類のほんの数%では、父親を含む両親が子育てし、そのうちの多くは、両親のみならず、他の血縁・非血縁の個体も子育てに関与せねば子が育たない。ヒトは、そのような稀な繁殖形態の動物」であり、「そもそも専業主婦などという存在は、人類史の数百万年にわたって存在しなかった」という。現代は、人類学的観点から見ても、特異な時代なのだ。

 だからこそ、新たな助け合いの仕組みが求められている。だが、そうした社会を目指すにあたっては、ある特定の方向に世の中の雰囲気が醸成されないよう十分に留意する必要がある。それを知るには、出産史研究における「産屋」存廃の歴史がヒントになる。

 かつて日本には、「産屋」というものが存在していた。産屋は、出産に伴うとされる穢れを理由に、出産時ないしは出産後に家族と離れて「別火生活」を送るための場所であった。

上写真(3点ともに):伏見裕子氏撮影。
下写真/屋山:豊後高田市編『豊後高田市史 通史編』1998年/伊吹島:中村由信撮影、1961年頃/越賀:坂口けさみ他「三重県志摩郡越賀における産婦保養所の歴史とその変遷」『母性衛生』38(2)、1997年6月 写真を拡大

 だが、出産の穢れが明治政府によって否定されたからか、産屋は次々と閉鎖された。

 そうした中、香川県観音寺市伊吹島には、約400年前から「出部屋」と呼ばれる産屋があり、最も遅い時期の1970年まで存続していた。この出部屋を利用した女性島民や分娩介助を行った助産師たちを綿密に取材し、出部屋がなぜ存続し、どのように閉鎖していったかを示したのが『近代日本における出産と産屋』(勁草書房)である。

 産屋のもつ意味については、出産史研究の中でさまざまな議論がある。産屋にいる間、親類や近隣の女性たちが食事や身の回りの世話などをしてくれていたこともあり、産婦たちにとって憩いの場になっていたことは強調されやすく、事実そうした面もあった。

 だが、著者で大阪公立大学工業高等専門学校准教授の伏見裕子氏は「産屋は『昔のお産』として美化されやすい」としつつ、こう指摘する。


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