副作用の頻度は意外に高い
意外に見落とされているのが副作用だ。読売新聞は「臨床試験では、投与された人の12.6%に脳浮腫、17.3%に脳内の微小出血などが確認されたが、自覚症状は少なかった」(8月22日)と報じたが、本文の中に埋もれ、気づかなかった人がいるかもしれない。
朝日新聞も「治験では、脳に浮腫や微小出血が出る副作用が確認された。エーザイによると、こうした副作用は磁気共鳴断層撮影(MRI)検査で見つかった。自覚症状はなく、重篤なものではないが、まれに生命を脅かす症状につながることもある」(8月22日)と報じ、毎日新聞も「投与した約2割の患者に、脳の小さな出血や浮腫(むくみ)などの副作用も確認された」(8月22日)と報じたが、その説明が数行しかないため、大きな課題だという印象をもった人は少なかったのではないか。
この副作用の頻度をどう見るかは専門家の間でも意見が分かれるだろうが、同メディアドクター研究会では「副作用の頻度が2割近くあるのは高い。その副作用を上回るだけの効果が期待できるのか。私なら新薬の治療を受けない」という厳しい意見もあった。この副作用に関しても、今後、メディアによる詳しい報道を期待したい。
薬価の行方
レカネマブの薬価はまだ決まっていないが、高額になるのは間違いない。すでに承認されている米国では1人あたり年間2万6500ドル(日本円で385万円)と設定された。保険適用のある日本では患者の自己負担は高額療養費制度によって上限があり、さほど大きな負担額にはならないだろうが、国家的な保険財政から見ると巨額な財政負担になりそうだ。
このように新薬が承認されても課題は多い。今後の課題について、読売新聞は8月30日付紙面の「論点」で3人の専門家の意見を紹介し、詳しく報じた。この特集記事はとても参考になる。
この中で吉山容正医師は「日々、認知症診療に当たる臨床医の立場から言えば、新薬は使い方が難しく、実際に投与に当たる際は慎重にならざるを得ない。その理由の一つは、脳の浮腫や微小出血など特有の副作用がある点だ。(中略)定期的にMRI(磁気共鳴画像法)検査を実施し、ちょっとした画像の変化も見落とさないよう時間をかけて評価していかねばならい……」と使い方の難しさを語っている。
こういう詳しい解説記事は新薬承認を伝える初報の記事ではなかなか難しい。今後、メディアはレカネマブの課題に関して、何度か特集記事を組み、豊富な情報を読者に伝えていく必要があるだろう。
「統計学的な有意性と臨床的な効果は必ずしも合致しない」
こうして新聞の報道をチェックしてみると、全紙を読んでようやく課題があることに気づく。やはり新聞1紙だけでは十分な情報を得ることが難しいことも分かる。
実は、Aβを標的にした薬は他にもある。米国の製薬企業イーライリリーの「ドナネマブ」で、26日、厚労省に承認申請したと発表した。となれば、再び今回のような記事が出てくることが予想される。
そのときには今回の報道の教訓を生かした記事が出てくるのを期待したい。最後に専門家のコメントを紹介したい。
ヘルスリテラシーや研究倫理問題に詳しい大野智・島根大学医学部付属病院臨床研究センター教授は次のように述べている。
「アルツハイマー病の原因物質を除去する新薬の重要性は認めたい。ただ、統計学的な有意差と臨床的な効果は必ずしも合致しない。レカネマブの投与18カ月後にCDR-SDの評価スコアで0.45の差があったという点については、臨床的にどれくらい意味があるかを、もっと真剣に議論したほうがよい。治療費が高額になるだけに、もともと完治しない疾患に対して、わずかに症状を改善する薬を社会全体としてどこまで受け入れるかに関しても、もっと議論すべきだ」。