修繕業だけど
船主(オーナー)になる
久野社長は顧客に提供する価値として「安定航行供給業」という言葉を掲げている。商船は1年に1回ほどドックに入るが、その期間中はもちろん、ドックを終え、次のドックまでの間も、安定して船が航行するための保守保全サービスを提供することで、顧客の安全で安定的な航行をミニマムコストでサポートしようということだ。そのためには「船で何が起きているのか知る必要がある」。そこで、向島ドックは自ら船主(オーナー)になった。
「船のことは、船長や機関士など乗船している人が一番知っている。船を所有し、自社で船員を雇用すれば、顧客と同じ問題に直面する。それを本業の修繕にフィードバックできる」
向島ドックでは、いま「修繕ドックが考える、船員、船主、工務監督、修繕技術者、関わる全ての人と地球にとって優しい船」というコンセプトで新船を発注し、全社挙げてプロジェクトを進めている。商船はオーナーの要望に沿って造られる。「一品モノ」は、設計から建造までモノづくりの醍醐味ではあるが、その分、維持管理・保守保全・人材育成の効率は悪くなる。その弊害を最も被るのは結局、船の一生に関わっていく船員、船主、工務監督、そして修繕ドックだ。
「われわれには、積極的に新造する船主の方々に知見をフィードバックしていく使命がある。個社でバラバラの船を造るのではなく、使用する部材なども含めてある程度共通化することができれば、業界全体としてより少ない人数でも建造、運航、維持に対応できるエコシステムが構築される。
これからの船員、船主、工務監督、修繕ドックのあり方を再定義し、それらを具体的に実行する姿と小さな成功体験を発信することで、関わる人の心を動かし、価値観を変え、働き方を変え、業界をも変え、仲間たちの『倖せの総量』を増やしていきたい。それは、地域と日本の産業を支える内航海運物流および造船業の維持発展に貢献することにもなる」(久野社長)
「修繕専業の向島ドックが総力を挙げて取り組む新造船」というのは、同社の考える理想への第一歩なのだ。
久野社長はいつも作業着姿でいる。現場には「情報と感情が流れているから」だ。それを聞き取り、感じ取ることでさらなる「カイゼン」につなげている。「究極的に効率化を進めた自動車産業に対して、造船業はいまだに労働集約型な分、よくいえば働き方の自由度が高い。製造業では1周遅れているわけだが、人間らしい働き方という点で時代が追い付いてきているともいえる」という久野社長は、造船業界を夢のある業界にしていくため歩み続けている。