2024年5月6日(月)

スポーツ名著から読む現代史

2023年12月2日

 栗山英樹監督率いる「侍ジャパン」が世界一を奪回して始まった2023年の野球シーズン。阪神タイガースの38年ぶり日本一で幕を閉じるまで国内の野球人気がこれまでになく高まるきっかけとなった。だが、28年前、一人の投手が喧嘩別れをするように日本のプロ野球を飛び出し、本場の大リーグに挑戦するまで、日本のプロ野球界は「国際化」とは縁遠い組織だった。

 その投手とは、もちろん野茂英雄だ。今はオリックスとの統合で名前が消えた近鉄球団のエースとして活躍した野茂がなぜ日本での名声を捨て、大リーグに挑んだのか。野茂本人が積極的に説明しようとしないその謎をアマチュア時代の「対決」に遡って解き明かしてくれる一冊の本がある。鉄矢多美子著『素顔の野茂英雄』(1996年、小学館)だ。

日本のプロ野球界に米国メジャーリーグへの道を開拓した野茂英雄氏(AP/アフロ)

 著者は元ロッテ球団のウグイス嬢からスポーツライターに転じた異色の作家だ。野茂やアマチュア時代の関係者へのインタビューを通じて、野茂がなぜ、安定した日本でのプロ生活を捨て、未知数の大リーグ挑戦を決断したのか、その謎に一つの答えを示してくれる好著だ。

「大きな尻」との出会い

 野茂は1990年にドラフト1位で近鉄バファローズに入団し、いきなり投手部門の3冠やMVP、沢村賞などタイトルを独占。その後も4年連続最多勝に輝くなど日本のエースとして活躍しながら5年目のシーズンオフ、近鉄球団との交渉が決裂して単身渡米。ドジャースと契約、最低年俸でのスタートだったが、上半身を大きく回転させる独特の「トルネード投法」から繰り出す速球とフォークボールで大リーガーをきりきり舞いさせた。

『素顔の野茂英雄』(鉄矢多美子著、1996年、小学館)

 折から大リーグは前年のシーズン途中からドロ沼化した労使対立による長期ストの真っ最中。大統領の介入もあって、ようやくシーズンが始まったとはいえ、スポーツファンは「ファン無視」の労使双方に反発が強まり、野球離れが加速しつつあった。

 そんな中、安定した日本での生活を投げ捨て、大リーグに挑んできた野茂の存在は新鮮で、かつ魅力にあふれていた。いま一度、野球ファンを球場に呼び戻す効果も出ていた。

 この時の野茂の活躍で日本選手の実力が高く評価され、その後、日本人大リーガーが続々と誕生して現在に至る。イチローのシーズン最多安打記録や大谷翔平の本塁打王など、大リーグで日本人選手がタイトルを手にする時代を切り開いたのも、野茂の挑戦から始まった。

 著者が野茂と出会ったのは1988年、ロッテ球団を退職し、ライター修業を始めた時期と重なる。7月30日、社会人野球の最高峰、都市対抗野球大会が完成間もない東京ドームで開かれていた。


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