2024年5月19日(日)

デジタル時代の経営・安全保障学

2024年1月17日

台湾有事で、中国はどのようにサイバー攻撃を行うのか?

 台湾有事が生起した場合、サイバー空間における戦闘様相はどのようなものになるのであろうか。

 まず初期の段階では、恫喝を目的とした台湾対岸における軍事力増強(軍事演習や部隊などの集結)に関する偽情報の流布とプロパガンダ、インターネットを利用した台湾国内の情報操作などが行われる。

 いわゆるグレーゾーンの段階ではプロパガンダを目的とした政府系ホームページなどの改ざん、SNSなどを使った政府批判や戦争忌避の抗議、反戦活動などの拡散、重要インフラや金融システムなどに対するDDoS攻撃などが行われる。ロシア・ウクライナ戦争でも用いられた偽旗作戦(※⑨)、およびそれらを後押しする偽情報なども活発になる。

 また、サイバー空間を利用した情報窃取、政府の意思決定に近いシステムなどに対するスリーパー(潜伏型のマルウェア)やバックドア(※⑩)の埋め込みなどは日常的に行われる。

 侵攻開始が近付くと陽動作戦を兼ねたサイバー攻撃の予行や海底ケーブルの切断、地上局の破壊といった物理的な手段による情報・通信網の遮断なども始まり、戦闘開始に先立って行われる奇襲的な大規模サイバー攻撃によって、政府や軍の行動に影響を与えるインターネット機能の停止を図る。

 戦闘開始後はさらにエスカレートし、台湾国内の重要インフラはシステムダウン、送電網の機能停止により国内はブラックアウト(全域停電)となり、サイバー攻撃とミサイル攻撃などとの連携により重要な通信施設やインフラなどが徹底的に破壊される。

 これと並行して国民に対する厭戦機運の醸成、アメリカの介入阻止や日米などの国家関係を離間するための情報戦なども活発になる。

 さらに第三国の介入を抑制するため、国際社会に対して三戦(輿論戦、法律戦、心理戦)を展開する。

 台湾に近い日本に対してもサイバー攻撃や経済制裁の他、各種の情報戦などにより戦争反対、台湾問題不介入、日米離間などの厭戦気運を煽り立てるものと考えられる。この際、ロシア・ウクライナ戦争における教訓を踏まえ、より烈度の高い情報操作型サイバー攻撃による認知戦(※⑪)を展開するであろう。

 また高度なワイパー攻撃によって自衛隊施設やアメリカ軍基地の機能発揮を妨害し、認知戦を含む情報戦やサイバー攻撃などを多用したハイブリッド戦を展開、事態の進捗によっては南西諸島付近における海底ケーブルの切断や地上局の破壊が行われ、台湾との通信や情報が途絶する恐れもある。

 平時においてもサイバー攻撃は常態化している。2022年8月、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問した際、中国は報復として台湾近海に対してミサイルを発射したが、サイバー空間においてもハイブリッド戦の演習とみられる機能妨害型のサイバー攻撃を実施した。

新領域安全保障』では、サイバー以外にも宇宙・電磁波・無人兵器といった各「新領域」において、台湾有事の際にどのような事態が起き得るのか、広範な検討を行った。

 公的機関・交通機関のウェブサイトに対する大規模なDDoS攻撃など多数のサイバー攻撃が観測され、総統府、国防部、外交部、桃園空港などのウェブサイトが一時ダウンした他、情報工作とみられるフェイクニュースがSNSを通じて飛び交った。

 ウクライナにおけるロシアのサイバー攻撃と異なるのは、これらの攻撃が「戦略支援部隊」による統合作戦として行われるという点である。

 中国は、2015年に宇宙・サイバー・電磁波といった新領域での戦いに加えて、情報戦(「三戦」を含む)を一元的に担う戦略支援部隊を創設し、新たな領域を総合的に活用することによる非対称な作戦遂行能力を高めている。アメリカをはじめ西側諸国の戦略的優位性を低下させるために活発な情報戦を行うことが予想され、日本も標的になる。

 中国はサイバー戦を電磁波攻撃や心理戦との一体的な情報戦として捉えている。巧妙にサイバー攻撃を仕掛けながら、思いもよらぬ手口で作戦目標の達成を追求してくるであろう。

 さらに影響力工作(※⑫)と呼ばれる心理・認知の領域における活動が行われる。中国は宣伝活動、プロパガンダ、ディスインフォメーション(※⑬)などの公開された影響力工作と、偽情報や諜報、高度標的型攻撃(APT)と呼ばれる高度なサイバー攻撃を組み合わせた情報戦など、秘密裏に行う影響力工作により、努めて軍事力の行使を回避しながら政治目的の達成を追求するものと思われる。

 さらに宇宙空間およびサイバー空間における軍民融合(※⑭)により、最新の民間技術とネットワークを駆使した斬新なサイバー攻撃を仕掛けてくる可能性もある。

(後編に続く)

※⑨ 行為主体の特定を困難にし、自らの行為の正当化や情報のかく乱に重きを置いた情報戦
※⑩ 攻撃者がシステムに侵入するために、管理者に気づかれないように設置した侵入口のこと(ESET「バックドアを利用したサイバー攻撃の仕組みと事例」『サイバーセキュリティ情報局』2020年8月25日、https://eset-info.canon-its.jp/malware_info/special/detail/200825.html)
※⑪ SNSなどを通じた「三戦」(心理戦、輿論戦、法律戦)や偽情報の散布などによって一般市民の心理を操作・かく乱し、社会の混乱を生み出そうとすること
※⑫ 物理領域や情報領域におけるさまざまな活動を通じて、心理・認知領域に影響を与え、意思決定に影響を与える、主に国家主体による活動
※⑬ 社会、公益への攻撃を目的とした害意のある情報
※⑭ 国防動員体制の整備に加え、緊急事態に限られない平素からの民間資源の軍事利用や、軍事技術の民間転用などを推進するもの

   
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