破損した変圧器は外部から電力を受け入れる設備であり、耐震構造になってはいない。その理由は、大地震が発生すれば外部の発電施設と送電網が被害を受けて停電が発生し、原発への送電が止まることが予想されるので、外部電源を受け入れる設備を耐震構造にする意味はないからだ。外部電源が失われた時には原発内の自家発電で対応すればよく、こちらは耐震構造になっている。
実際に志賀原発では自家発電により安全が保たれ、リスク管理上の問題はなかった(能登半島地震による各原子力発電所への影響について | 電気事業連合会)。しかし、多くのメディアの論調は柏崎刈羽原発の報道とほとんど同じであり、安全上問題がない変圧器の破損があたかも重大な問題であるように誤解させ、不安を煽るものだった。
羽田日航機事故と原発の間に見えた〝差〟
羽田日航機事故については、着陸後18分で搭乗者全員が脱出できたことは乗務員の適切な対応の結果であり、「奇跡」と賞賛する記事もあった。しかし再発防止のためには、「結果よければすべて良し」として終わらせるわけにはいかない。
国際基準は脱出シューターが開いてから90秒以内に搭乗者全員が脱出することを求め、旅客機の乗務員はこれを達成する訓練を受けている。ところが脱出には90秒よりかなり長い時間がかかったことは明らかである。
また事故はヒューマンエラーの可能性が高く、エラーを防止するシステムが十分だったのかも問われる。もし原発と同じ対応をするのであれば、このような事例をとらえて「航空機は危険」と極めて厳しく批判することになるだろうが、そのような過剰な報道はない。この大きな違いからも、メディアの原発嫌いの姿勢がこの10数年間変わっていないことが分かる。
念のためメディア側の意見を紹介すると、東京電力の隠蔽体質に対する反感が原発批判の背景にあるという。東京電力の対応が不適切であったことは筆者も同感する。だからといって危険ではない出来事を危険であるかのように過剰報道するメディアは「真実を伝えない」という意味で東京電力と同じ過ちを犯していることになるのではないだろうか。
今回の風評被害の原因は原発問題ではないが、それではどのような報道が不安を呼び起こして風評被害に至ったのかについては検証が必要である。
判断を偏らせる不安
不安が合理的な判断を妨げた例をもう一つ紹介しよう。01年9月11日、イスラム原理主義過激派アルカイダは米国で4機の旅客機をハイジャックした。2機はニューヨーク市マンハッタンの世界貿易センタービルに激突し、ビルは倒壊した。3機目はバージニア州アーリントンの国防総省に激突して建物の一部を破壊し、4機目は乗員乗客がハイジャック犯を阻止しようとしてペンシルバニア州の原野に墜落した。
この同時多発テロ事件で3000人近くが死亡し6000人以上が負傷した。貿易センタービルの近隣で働いていた筆者の家族は難を逃れたが、友人を失った。
事件後、多くの人がハイジャックの再発を恐れて米国内を列車、長距離バス、そして自家用車で移動したため、航空機の利用客は激減した。事件直後に筆者は学会参加のため渡米したが、機内の乗客は数えるほどしかいない異様な状況だった。そして事件直後の10月から12月までの米国の自動車事故による死者は前年より約1000人増加した。
米国運輸安全委員会によれば米国での飛行機事故による死亡の確率は1000万人に3人だが(飛行機事故が起きる確率 (toukeidata.com))、自動車事故は1万人に1人で約300倍だ(欧米諸国の交通事故発生状況|平成30年交通安全白書)。また事件直後から米国だけでなく世界的に空港の警備が厳重になり、ハイジャックが発生する可能性は極めて小さくなった。