日本ではやや遅れて、2000年になってからEBMの概念が紹介され、02年に厚生労働科学研究費の助成を受けてEBM普及支援システムの開発が進められたが、EBMが医師の自主性を侵害し「制限医療」になる危険がある、と反対する声が大きかった。「エビデンスがあればそれに従わなければならない」「エビデンス通り診療をしないと裁判で負ける」などの「風評」が拡散し、その影響は現在まで払拭されていないように感じる。
ふたたび、EBMとは何か
ここで、EBMについての論争を垣間見てみたい。
もう28年前のことであるが、1996年1月13日発行の、今ではイニシャルが正式名称になって『The BMJ』と呼ばれる英国医学雑誌(British Medical Journal)に『EBMとは何か、そして何でないか(Evidence based medicine: what it is and what it isn't)』と題する論説が発表された。著者は、「EBMの父」とも称されるデービッド・サケット教授を筆頭に、当時まだ新しい分野であったEBMを推進していた英国、カナダ、米国のエキスパートたちである。
実はこの論文は、前年に医学雑誌『ランセット』の論説に書かれたEBMへの心無い批判にサケット教授が心を痛めて、その反論として書かれたと言われている(今読んでみても、これが『ランセット』の論説かと驚くような一方的で攻撃的な論調である)。
それに対して、サケット教授らは、次のように書いている(日本語訳は私による)。まさにこれがEBMの本質を表していると思う。
「EBMとは、個々の患者のケアについての意思決定過程に、現在得られる最良の根拠を良心的、明示的、かつ思慮深く利用することである(Evidence based medicine is the conscientious, explicit, and judicious use of current best evidence in making decisions about the care of individual patients.)」
「EBMの診療は、個々の臨床専門知識・技術と系統的な研究で外部から得られる最良の臨床の根拠とを融合させることを意味する(The practice of evidence based medicine means integrating individual clinical expertise with the best available external clinical evidence from systematic research.)」
EBMは「制限医療」やルールではない。医学・医療というどうしても不確実性から逃れられない領域で、患者のためにより良い意思決定をするためのツールなのである。
そして、2022年4月の『患者の意思に沿うため家庭医の卵が学んでいること』でも紹介したように、臨床研究のエビデンスは固定したものではない。次々と発表される新たな研究結果で変化していく運命にある。折々に最新最良のエビデンスを求めて<情報収集>と<批判的吟味>を繰り返さなければならないのだ。