前出の石塚氏は「私たちは学校給食法にのっとり、栄養価や地産地消などの当たり前の基準を達成しようとしているだけ。まずは子どもたちにとって、今、何が足りていないかを洗い出して課題を解決していくべきだ」と話す。
愛媛県今治市は、約40年前から学校給食に今治市産の農産物などを取り入れ、地産地消を推進する。今治市農林水産課課長補佐の渡部誠也氏は「1980年代に『センター方式』ではなく、給食を各学校で調理する『自校方式』に切り替える動きを契機に、地産地消や食の安全に重点を置いてきた。市内には人数が少ない学校もある中で、『自校方式』や地産地消にこだわる意味は大きい」と話す。
今治市では、愛媛県外産などの農産物の代わりに今治市産の農産物を使用した場合には、その差額を一部負担している。パンの原料は全て今治市産小麦の「せときらら」、お米も100%今治市産の特別栽培米「ひめの凛」や「ヒノヒカリ」を使用しており、子どもたちからも「おいしい」と好評だ。約40年もこの取り組みを継続できた理由に、「今治市食と農のまちづくり条例」の存在がある。今治市教育委員会学校給食課課長の阿部孝文氏はこう語る。「条例があることで、これまでの取り組みを守り続けることができている。全ては子どもに安全でおいしい給食を届けるためだ」。
学校給食はコストではない
かけがえのない体験を守れ
学校給食が子どもたちにとってどのような役割を持つか、目的を定めて力を入れる自治体がある一方で、日本では「『社会全体で子どもを育てる』という意識が浸透しきっていないように思われる」と前述の山口教授は話す。
日本社会における学校給食の立ち位置について、管理栄養士で仙台市議会議員の樋口典子氏は「無償化の議論も大切だが、まだまだ『食は家庭のもの』という意見も根強い。『飯炊きと子守りは母親がするもので、なぜお金をかける必要があるのか』と言われることもあり、性別の役割分担の延長線上に置かれ、子どもたちにとっての給食の重要性が軽視されている。加えて、完全給食(主食とおかずがそろった食事)を全ての自治体が実施できているわけではなく、まずはそこから整備していくべきではないか」と指摘する。
学校給食が持つ意味とは何か─。小誌記者の疑問にさいたま市の小学校で栄養教諭を務める能口直子さんは笑顔でこう答えてくれた。「給食は子どもたちにとって出会いの体験だと思う。特に小学生では、給食で初めて食べる料理がある子も多い。給食でおいしい、楽しいという思い出とともに食事をすれば、その後の人生でもその子は進んで食べるようになる」。
満足に食べられない子どもたちのために始まった学校給食は、今も子どもたちにとって「生きる」糧となっている。子どもの頃のかけがえのない体験を守っていくためにも、学校給食を単なる「コスト(削減)」の対象として見るようなことは慎むべきであろう。
〝静かな危機〟に直面しているからこそ、いま一度、学校給食の「原点」に立ち返り、子どもたちにとっても、大人たちにとっても、何が最適解なのか、議論を深めていく必要がある。