一方で、無償化に踏み切ったとしても、乗り越えなければならないハードルがある。学校給食法に基づき、学校給食をつくるための「施設費や職員の人件費」などは各学校の設置者である自治体負担である。学校給食は、栄養士が作成した献立を基に調理員が作るが、この「調理」部分を民間会社に委託する自治体の割合は2021年度には54.7%と、半数以上に及ぶ。その委託契約に問題点が潜んでいるとし、学校給食の調理などの委託を担う馬渕商事(東京都中央区)代表取締役社長の馬渕祥正氏はこう指摘する。
「委託会社を選ぶとき、いまだに価格だけで決める『入札方式』を取っている自治体も多い。調理などの質は求められず、『内容は二の次、価格が最優先』になっている」
協立給食(東京都渋谷区)代表取締役社長の高村充氏は「調理の進め方やこれまでの実績から選定する総合評価方式を取ったり、一学期ごとに委託会社を評価する自治体もある」と話すが、「価格の安さ」を重要視する入札方式を用いる自治体はいまだ多い。最低価格の設定がない入札方式もあり、学校給食以外の他分野で黒字を出す委託会社が、実績づくりのために赤字覚悟で落札するケースもあるという。
調理員の人材不足も深刻だ。さいたま市の中学校で栄養教諭を務める米田奈都子さんが「野菜は下処理で3回、その後調理室でさらに2回洗うなど、給食は『当たり前』の基準が高い」と話すように、学校給食の衛生管理は徹底されており、日本の文化や言語になじめていない外国人労働者の参入が難しい部分がある。年収103万円の壁から一定時間以上働けない(働かない)人もおり、雇用の母数を増やす必要性も生じる。メリックス(東京都千代田区)代表取締役社長の大髙絵梨氏は話す。「給食は、国としての大きな制度が存在するだけで、その方向性や基準については自治体の判断が大きいのが現状だ。公共性がある仕事であるため、業界団体としても底上げの仕組みが必要だと思う」。
学校給食の根本とは何か
子どもたちへの食のこだわり
〝静かな危機〟に直面し、さまざまな課題がある中、創意工夫によって学校給食の食材にこだわり、子どもたちに還元する自治体がある。冒頭で紹介した静岡県袋井市の学校給食は、給食センターで調理して各学校に配送する「センター方式」を採用している。袋井市の人口増加や、老朽化の影響から給食センターの建て替えを行い、「調理体制を整えるだけでは終わらせないように」と、袋井市教育委員会おいしい給食課の石塚浩司氏を中心に、地産地消の食材を使用した学校給食を提供してきた。石塚氏は、まず袋井市の学校給食で主に使われる農作物を分析することから始めた。「もともと、袋井市では給食で使えるような農作物があまり作られていなかった。ファーマーズマーケットで販売する小規模農家さんに対して、給食で提供できるような農作物の作付けを依頼していった」。
地道に信頼関係を築き続けたことで口コミが広まり、今では生産者から声を掛けられることもある。生産者との直接取引で価格も抑え、廃棄される不ぞろいな野菜の有効活用も可能になり、学校給食の充実につながった。
チンゲンサイ農家の牧野徳幸さんは、袋井市の学校給食にチンゲンサイを卸しはじめてから、新たに小松菜も作るようになった。「市場への出荷だと段ボール代や手数料、輸送料の負担がある。給食は自分で輸送する手間はあるが、カゴに入れて現物だけを届けることができて資源の無駄がない。地域によって環境も異なるので一概には言えないが、私はとても感謝している」と前を向く。