実際、国内の所得環境を見ても、情報通信業の所得は全体平均を上回っているが、それ以外の業種との格差は大きく、広くあまねく成長の恩恵が国内に行き渡っているわけではない可能性が疑われる。成長率のけん引役を外資系企業の対内直接投資に託した場合、恩恵の多くは当然ながら企業の本籍地に向けて流出するため、投資先国に配分されるパイはその分小さくなる。その小さくなったパイの多くはその外資系企業の業態かそれと関わり合いの深い業態に配分されることになる。
なお、図表③に示すように、アイルランドでは情報通信のほか金融保険の賃金水準も全体平均より大分高い。英国の欧州連合(EU)離脱に際し、EUのシングルパスポート(加盟国のどこでも支店を開設できるというEUの銀行免許)を保持するための移転先として最も支持を得たのがアイルランドの首都ダブリンであった。デジタル、医薬品、金融といった高付加価値業態への対内直接投資がアイルランド経済を支えているのである。
日本が考慮すべき事情
このように対内直接投資促進はGDPの押し上げと同時にGNIの押し下げにも寄与する可能性がある。恐らく投資先に選ばれた地域では雇用・賃金環境の逼迫を通じ、地元企業や商店が人材獲得に難渋するという副作用にも直面しやすいはずである。「投資先国の所得環境に対し思ったほどプラス寄与が無い」という後ろ向きの指摘は将来的に想定されるところではある。
とはいえ、日本が抱える喫緊の課題が収束しない円安相場であり、その背景に内外金利差だけではなく円売りに傾斜した需給構造があるのだと仮定した場合、それを抑止するための努力は結局必要になる。対内直接投資が純輸出増加を通じてGDPを押し上げる以上、日本が獲れるメリットはある。
少なくともアイルランドでGNIが伸びなかったという事実一点をもって、日本における対内直接投資促進の方針を咎める理由にはなり得ない。また、受け入れる業態の差も考慮すべきだろう。
上述したようにアイルランドが受け入れてきた情報通信や製薬といった業態は付加価値が高い資本集約的な業態である。少ない労働投入で高い利益を実現できるからこそ、それらの業種の賃金は高くなる。結果、雇用・賃金への波及効果は局所的になりやすい側面がある。
しかし、日本が促そうとしている半導体工場のような製造業は労働集約的な業態になるため、より多くの人手が必要になる。雇用創出効果も、それに付随する消費・投資の波及効果も、アイルランドのケースと比べれば大きくなる期待はある。
そもそもGDP比で見て5%台という対内直接投資残高が北朝鮮以下という現状にあるのだから、これを引き上げようとする努力自体が誤っているということは考えにくい。本欄では繰り返し論じているが、むしろ、これを伸ばそうとするにあたって障害となり得る労働力や電力など、日本に内在する不安定性をどうやって取り除いていくのかを考えることが先決だと筆者は考える。
どのような政策にも功罪はある。現状の日本では対内直接投の促進に関し、「功」の部分が「罪」の部分を上回っていると考えても差し支えないのではないか。内外の経済・金融情勢は常に可変的であり、「投資して貰えるうちに投資はして貰った方が良い」というのが筆者の立場である。