――この本では腎臓のドナーと患者を組み替える腎移植マッチングや、学生と公立学校を組み合わせる学校選択マッチングも扱われています。これらは従来の経済学では扱われてこなかったテーマですが、これまでの経済学とはまったく違うようなものですか?
坂井氏:いえ、これまでの経済学の一部を特殊的に進展させたものです。マーケットデザインを理解するためにはこれまでの経済学をきちんと学ぶ必要があります。まっとうな新しい学問分野に「これまでと全く違う」なんてものは、ゼロとは言わないけど、まず無いです。巨人の肩の上に乗っているから。
それと、「これまでとこんなに違う」というアピールの仕方は、私はあまり好きではありません。科学の本質は一見異なるものの同質性を見出すことだから、「これまでとこんなに同じだ!」と言う方が科学者として優れている気がします。
――それと同時に、やはりマーケットデザインの実用性は画期的だと思います。
坂井氏:「実用的で、役に立つことが分かりやすい」のはマーケットデザインの特徴だと思います。経済学の諸分野は大抵どれもすごく役に立つのだけど、マーケットデザインはそのことがとても分かりやすい。ひとつの理由は成果が金銭単位で出ることが多いからでしょうね。
――具体的にはどのようなものがありますか。
坂井氏:例えば周波数オークションの市場設計には高度な専門知識が必要です。下手をすると収益のケタがひとつ減る。そこで通常、設計にはマーケットデザインの専門家が深く関わります。アメリカだとスタンフォード大学のポール・ミルグロム教授らが携わったのですが、1994年から2012年までの累計収益はだいたい8兆円です。それが国庫に入る。
――凄い金額ですね。設計が悪いとそこまでの収益は上がらないわけですね。8兆円と聞くとインパクトがあります。確かに役に立つことが分かりやすいですね。
坂井氏:経済史や学説史でこういう形のインパクトは与えられません。でも優れた歴史研究は、人間の世界の見え方を変えることができる。これはとても凄いことですが、決してイージーではないし、金銭的に価値を計測できる類のものではありません。一方で、マーケットデザインが役に立つと理解してもらうのは比較的イージーです。8兆円が大金なのは誰にでも分かるから。