2024年7月2日(火)

家庭医の日常

2024年6月28日

乳がんの早期発見に伴う悩ましい問題

 乳がんには、進行が早く生命を脅かす種類のがんと、進行が遅く放っておいても一生にわたって生命を脅かすことのない種類のがんの、大きく分けて2種類あると考えられる。悩ましいのは、検診で異常所見が出て精密検査で早期診断された際の乳がんの「顔つき」では、それがどちらの種類の乳がんなのかは(いくらかの例外を除き)見分けがつかないということだ。

 将来急激に進行するがんであれば、できるだけ早期発見することでより功を奏する早期の治療が可能になる。この場合は、「がん検診によって命が救われた」と言える。こうしたいわば「サクセス・ストーリー」は、M.T.さんが見聞きしたように、メディアでもしばしば取り上げられ、自治体でも検診受診率を上げるための宣伝に使われる。

 しかし、実は生命を脅かすことのない乳がんであっても、検診時にもそれに続く診断時にもそれが進行の早い乳がんとは区別ができないので、さらに精密検査や治療をしてしまうことになる。医師にとっても、診断されたその乳がんが生命を脅かすかどうかは当初必ずしもわからないため、乳がん患者全員に治療を提供しようとする。つまり、一部の患者は、必要のない精密検査や治療(手術さえ含む)を勧められ、実際それらをすることになる。

 だが、進行の遅い乳がんは、検診をしなければ発見されず、乳がんがあることすら患者は気づかずにいたかもしれないのだ。「生命を脅かされることがない」ことは後になってわかるかもしれないが、最初はまだその区別はできないので、本来経験しなくてもよかったはずの「死に至るかもしれないがんを持って生きる」という、心身ともに辛い経験をすることになる。

 苦痛を伴う精密検査や治療の後も、再発の可能性に怯えて暮らすことになる。さらに、こうした「不必要な医療」にかかる費用も、国全体で見た場合大きな問題である。

インフォグラフィックで視覚化してみると

 これだけではなかなか利益と不利益のイメージが湧きにくいかもしれない。そこで推薦したいのが、世界保健機関(WHO)が2020年に発表した『スクリーニング(検診/健診)プログラム(ガイドブック):効果を高め、利益を最大化し、不利益を最小化する』である。

 これは、乳がんに限らずスクリーニング(検診/健診)の問題点をわかりやすくまとめている。オリジナルは英語版だが、幸い日本語版も入手可能で、オンラインで見ることができる。

 このガイドブックの中に、乳がん検診における過剰診断を説明するためのインフォグラフィック(図15、日本語版の46ページ)が掲載されている。以下、それを見ながら読んでいただくと視覚化されてわかりやすいだろう。

 乳がん検診を受診すると、20歳以上の女性千人に対し75人が乳がんと診断される。受診なしの場合は58人が乳がんと診断される(検診によらずいつか症状が現れて診断されるということ)。乳がんで死亡する人は、受診ありで16人、受診なしで21人。一方、治療されて乳がんで死亡しない人は、受診ありで59人、受診なしで37人である。

 つまり、5人(21-16=5)が検診によって命が救われる。これらの女性たちは、乳がん検診でがんが発見されなければ死亡していたと考えられる(検診の利益)。

 しかし、17人(75-58=17)は検診によって過剰診断されたことになる。これらの女性たちは、一生にわたって不利益を及ぼさないであろう乳がんが発見され、「不必要な医療」を受けたのだ(検診の不利益)。


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