2024年11月23日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2013年12月26日

 当時、彼は自民党のナンバー2だった大野伴睦の大のお気に入りで、交渉の過程ではいっしょに韓国に行って朴正煕大統領にも会っている。取材対象との距離の取り方としての批判はもちろんあるわけですが、それだけ食い込んでいたので合意メモの内容を韓国側から得ることができた。巧いというかすごいなと思うのは、いきなり自分が書くのではなく朝日新聞の記者に漏れた後のタイミングをついて、彼らが裏を取り切る前に読売で一面大スクープを書いたというんです。政治と報道のあいだには、そういうギリギリの関係があって、そうじゃないと永遠に国民に知られずに終わってしまう事実が数多くあったのでしょうね。特に日本は、公文書の保存・管理や公開原則が弱いと言われていますから。

 もうひとつ印象に残るのは、戦時下から共産党時代にかけての冒頭部。とかくタカ派として知られる渡邉氏ですが、実は彼は軍隊が大きらいで、旧制高校時代は夜陰に紛れて軍国主義派の教官をみんなでボコっているし、徴兵されても死んでたまるかという一念だったそうです。

 当時は本土決戦が迫ると言われていたから、戦闘になったらむしろ脱走して、米軍に投降することで生き延びてやろうと。だからポケット版の英語辞書と、収容所で時間が潰せるようにカントの哲学書を入営時にこっそり持ち込んで、絶えず枕のなかに隠していたと。戦争を知っている世代って、戦後の立場を問わずそういう経験があるんだなと再認識させられましたね。共産党から抜けたのも、結局党活動って、もうひとつの軍隊組織じゃないかと感じたのが大きな要因だったみたいです。

 今回の秘密保護法もそうですけど、渡邉さんと読売新聞というのは「元祖・反朝日新聞」だから、本書の最後はわが読売新聞のいうとおり、朝日新聞の逆をやってきたから日本はここまでこれたんだ、という手柄自慢です。でも、いまネット右翼といわれるような、とにかく朝日や「良心的知識人」の逆張りをしてればいいやと思っている人たちには、そういう本当に苛烈な権力現象を目にした経験ってないでしょ。昭和の影というものが日本社会から完全に消えて、戦争どころか「戦後」という時代の実感がない世代がやがて中心になるわけですが、そうなったときにこの国がはたしてもつのかなと思う。そういうなんだろう――激動の時代を体験した人たちだけが、自ずと持ちあわせてきた「陰影」みたいなものかな、それをどう継承するかというのが、まさしく日本史上でもいま最大の課題だと思うんですね。

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 続いて、本を紹介してくださるのは「放射能問題 柏が「みんなで決めた」基準値 多様な利害を調整する運動」で登場していただいた筑波大学大学院人文社会系国際公共政策専攻准教授で、社会学者の五十嵐泰正氏。

五十嵐氏:「ベスト本というより、いま読んで考えて欲しい本というチョイスですが、まず私の専門分野でもある都市についての本を2冊オススメします。1冊目は、『都市はなぜ魂を失ったかージェイコブズ後のニューヨーク論』(シャロン・ズーキン、内田奈芳美、真野洋介訳/講談社)、秀逸なニューヨークの都市エッセイの翻訳本です。


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