2024年10月28日(月)

新幹線を支える匠たち

2024年10月26日

感電、転落の危険がある
パンタグラフの整備

何度も体勢や角度を変え、のぞき込むようにして匠が磨く。見慣れた新幹線の「白」が徐々に浮かび上がってきた

 根本さんや他のSEKのスタッフの案内で、車両の屋根上にあるパンタグラフの検査の様子を取材した。パンタグラフとは架線から車両に電気を取り入れる装置で、走行に必要不可欠な装置である。高速走行中に架線に擦りながら集電するため、接触部の消耗が避けられない。そのため、すり板の厚さが基準値を下回ると新品に交換する。

 パンタグラフを扱う業務には危険が伴う。架線に高圧電流が流れているため感電の危険があるからだ。そのため、足場と屋根上を合わせた作業エリアに人が立ち入っているときは必ず電気を止める。人が立ち入る際は、立ち入っていることを示す特殊なIDタグを身につける。これを身につけている間は、電気が止まるのだ。さらに、作業エリアに立ち入っている人数も常時記録されており、入った人数と退出した人数が「ゼロ」で一致、つまり無人にならないと電気は入らない仕組みになっている。

 もう一つの危険は転落リスクだ。

 「かつての700系は車両と車両の間の連結部の隙間が大きく、安全帯こそ着けているものの、身を乗り出すと自分が転落してしまうのではないかという恐怖感がありました」と根本さんは明かす。現行車両のN700AやN700Sは車両と車両の連結部が「全周ホロ」と呼ばれるもので覆われており、隙間はほとんどない。それでも、「小さな部品でも落とすと、下にいる人に当たってけがをさせてしまうかもしれないということは常に意識しています」。

 注意が必要な点は他にもある。部品や器具の置き忘れだ。もし、屋根の上に部品や器具を置いたまま列車が高速走行したら、大事故につながりかねない。「ついうっかり」は厳禁なのだ。「先輩からは半信半疑で降りてはいけない。自分が120%大丈夫だと思った状態で降りてきなさいとよく教えられた」と根本さんは言う。

しゃがみ込みながら歩き、「新幹線のお腹」が見える床下スペースに入っていく。視界も狭まるその空間では、現場の緊張感がより強く漂っていた

 屋根上の次は床下のメンテナンス業務を取材した。車両の床下には空調をはじめとした機器が収納されている。空調のフィルター交換もSEKの役割だ。根本さんの同僚の小林浩也さん(30歳)は「交番検査や全般検査の回数によって配る部品も変わってくる。間違いなく配られているか、丁寧に照合しています」と話す。

新幹線車内にWi-Fiを増設する改造工事にも携わっていた小林さん。「高品質の車両を私たちが提供します」と意気込みを語ってくれた

 先輩から教えられたことを尋ねると、こんな答えが返ってきた。「時間をかけて丁寧に仕事をしなさいということ。急いでやってミスをしたらそのあとが余計に大変になるからです。これは口酸っぱく言われましたね」。

 限られた時間の中で時間をかけて仕事するというのは一見、矛盾しているようにも思える。だが、これができるようになってようやく一人前と認められるのだという。

グリーン車のフットレストに「特別感」を感じる方も少なくないだろう。席に座る人と直接関わることはなくとも、匠たちはその思いを受け止めている

 続いて客室内のメンテナンス業務を取材した。客室内では座席のリクライニング、自動ドア、トイレなどの検査が行われていた。根本さんと小林さんが最近気にしているのは、N700Sで採用された、前の座席の背面に付いている多目的フックである。スーツのジャケットや買い物袋などを掛けることができる便利なツールだが、検査してみるとフックが破損していることが時折あるという。

 「このフックは5キロ程度の重量には対応していると思いますが、それ以上重たいものをひっかけている人がいらっしゃるのかもしれません」(根本さん)

 座席の背面テーブルが破損していることもあるという。やはり許容範囲を超えて重量のあるものを載せると破損の原因になるらしい。「簡単に交換できます」と根本さんは言うが、公共の乗り物だけに乗客としては丁寧に使うことを心がけたいものだ。

一度に3席分のテーブルを下ろし、順番に状態を確認する。並んだ椅子が「よろしくお願いします」と小林さんに挨拶しているような錯覚に陥った

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