「東方シフト」の虚実
ロシア税関は、ウェブサイト上で相手国別の輸出入額を発表しなくなってしまったので、それを知るためには、くだんの紙の統計集を紐解くしかない。他方、大陸別の輸出入額については、今でもウェブサイト上で毎月発表している。
その大陸別の輸出入額を跡付けると、22年2月のウクライナ侵攻開始後、ロシアの貿易が欧州からアジアへと急激にシフトしていることが、歴然である。ロシアの脱欧入亜の動きは「東方シフト」と呼ばれるが、それが実際に進展していることを貿易フローから確認できる。
ただ、どう考えても、大陸別の輸出入額は、甚だ不充分な指標である。昨今のロシアは、自国に経済制裁を適用している国を、「我が国にとって敵対的である」という理由で「非友好国」に指定し、それ以外の国を「友好国」として扱っている。そして、欧州はかなりの部分、ロシアと対峙する欧州連合(EU)と重なるので、ロシアにとり欧州は総じて非友好的な大陸となっている。
しかし、その欧州にもベラルーシのようなロシアの同盟国もあるし、ハンガリーやスロバキアのようなロシアに甘い国もある(ゆえにEU加盟国なのに例外的に友好国扱いになっている)。他方、一口にアジアと言っても、そこには中国やインドのようなロシアにとっての友好国もあれば、日本や韓国のような非友好国も存在する。
そうした中で、ロシアの貿易動向を大陸別の数字だけでウォッチするのには、明らかに無理がある。そこで筆者は、紙の『ロシア連邦通関統計集』から数字を拾い、ロシアのすべての貿易相手国との21~23年の輸出入額を集計し、各大陸との輸出入額を、さらに友好国・非友好国に区分することを試みた(アフリカには友好国しか存在しない)。なお、オセアニアは額がごく少ないので単独の項目としては扱いにくく、アジアの延長上にあるものと考え、本稿ではアジアの数字に加えてある。
こうして、大陸別の輸出入額に、友好国・非友好国の区分も加味した全体像が、図2、3になる。以下の図においては、欧州を青、アジアを赤、米州を紫、アフリカを緑と色分けした上で、各大陸の友好国を濃く、非友好国を薄く示す工夫を試みている。
図2、3を見ると、ロシアの貿易における「東方シフト」とは、端的に言えば、主に欧州・非友好国からアジア・友好国へのシフトであることが確認できる。ロシアから欧州・非友好国への輸出は、22年こそ資源高でむしろ膨らんだが、石油をはじめとする制裁がより本格化した23年には激減した。そして、欧州方面で行き場を失った商品が、アジア・友好国に流れたという形であろう。
さらに言うと、アジア・友好国の中でも、新興国御三家と言うべき中国・インド・トルコとの貿易の伸びが、突出している。表1に見るように、23年のロシアの輸出入合計額に占めるシェアは、1位の中国が32.06%、2位のインドが7.99%、3位のトルコが7.87%に及んだ。「東方シフト」と言っても、ロシアがグローバルサウス全体と多角的な貿易拡大を遂げられているわけではなく、内実は「中・印・土シフト」と言って過言でない。
『ロシア連邦通関統計集』を眺めていて気付くのは、様々な商品で、取引相手国の数が減少していることである。ある商品に関し、以前は30ヵ国くらいに輸出していたが、23年は10ヵ国くらいにしか輸出できておらず、しかもその大部分を中・印・土あたりが受け入れているといったパターンが目立つ。当然、買い手市場となり、価格交渉もロシアにとり不利になるのではないか。確かに石油をはじめロシアが輸出量を維持できている品目は散見されるが、収益性を犠牲にしている可能性が高い。