患者もつくる 医療の未来

2014年2月11日

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 手術後に誤って消毒薬を点滴されたために当時58歳の女性が死亡した「都立広尾病院事件」の事故から2月11日でちょうど15年になります。

 遺族が不信感を増大させた理由、そして、この事件の刑事訴訟、民事訴訟で一貫して問われたことは、これまで多くの医療事故の被害者や遺族が、自らの訴訟を終えた後も、医療界に対して強く問い続けてきたことと同じでした。

 それは、「事故を隠そうとする隠蔽体質」です。広尾病院事件では、病院側は当初、遺族に対して事故原因について曖昧な説明を繰り返すのみで、後日、病院側が事故を公表する際にも、本当の事実経過と異なる説明がされたりしたのです。

大切なのは、これからの具体的な議論

 都立広尾病院事件の被害者の夫である永井裕之さんは、この間、多くの医療事故被害者らと共に、公的な「医療事故調査」の第三者機関の設立を求める運動を、その先頭に立って進めて来ました。

 そして多くの紆余曲折があり10年近く先送りが続いてきましたが、厚生労働省はようやく、昨年末、今国会提出の医療法改正案の中に医療事故調査の制度創設を盛り込むことを決めました。

 ところが、1月22日の自民党の厚生労働関係部会で、医療法改正案の中から医療事故調査関連の部分をはずすべきと主張する議員が現れ、またもや、暗礁に乗り上げる危機に直面しました。しかし、翌日以降、マスメディアが一斉に、そのことを批判的に報道し、結局28日の同部会では、医療事故調査関連も医療法改正の原案に残ることがぎりぎり決まりました。

 つまり、ようやく、公的な医療事故調査の第三者機関の議論が本当の意味でスタートできた、ということです。大切なのは、具体的にどのような制度にしていくかを決めていくこれからです。

残された多くの論点の行方

 現在の厚生労働省の原案は非常にシンプルな骨格のイメージのみとなっていて、次のような多くの大切な論点が残されています。

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