2025年1月15日(水)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2025年1月15日

「最後の一句」は私たちに向けられている

 精神科医として思春期臨床に長年従事している立場からすれば、子どもがいじめられているときに、親としてとってはならない最悪の対応が「長い物には巻かれろ」という姿勢である。いじめ被害者は、絶望的な気分でいる。自分がいくら被害を訴えても、級友も、担任も、校長も、皆、見て見ぬふりをしている。このときに、親もまた自分の味方にならないと思えば、この世に住む場所がないとすら思うであろう。

 この点に関して、紀子妃殿下は「バッシング」と表現なさり、秋篠宮皇嗣殿下は「いじめ」とおっしゃって、正しく抗議の意思をお示しになった。これらは、平素、自由なご発言が許されないお立場の御夫妻にとって、限度いっぱいのご意思表明である。

 森鴎外の『最後の一句』では、父の無罪を信じる娘が生殺与奪の権を握る大坂町奉行に対して、最後に一矢を放つ。この一矢は、オンライン署名騒動においては、ほかならぬ私たちに向けられていると理解すべきである。

 私たちこそ、権力の主体である。私たちこそ、秋篠宮ご夫妻に問われている。お二人のお言葉を、これ以上にない深い反省をもって受け止めなければならないはずである。

 いじめ問題に関しては、この連載「医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から」で何度も取り上げている。親御さんに申し上げたいことは、子どもがいじめられているとき、負け戦になる可能性があっても、親として子どもの側に立つ姿勢を示さなければならないということである。リスクを冒してでもご両親として毅然とした態度をお示しになった秋篠宮殿下ご夫妻は、いじめ被害者の親にとってお手本となろう。

オンライン署名とエコーチェンバー現象

 署名した1万2000人が、主権者の民意を反映しているとはかぎらない。署名は、国民の1万分の1である。これが国民の総意かは、疑問がある。

 そもそも総意である以前に、根拠のない憶測に基づく行動にすぎないであろう。関東大震災の際は、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「暴動を起こしている」といったデマが広がり、不安や恐怖に駆られた民衆が虐殺事件を起こした。今回の署名にしても、情報の不確実さや一時的な熱狂に翻弄され、1万2000人が集団となって異常な信念を作り上げてしまった。

 しかも、この1万2000という数値は、インターネット上でのエコーチェンバー現象によって増幅され、署名者の意思を超えて、あたかも国民の総意であるかのように喧伝されていった。

 オンライン署名は、民主的な意見表明を装っている。しかし、署名した人の多くは、客観的に情報を分析し、熟慮を重ねた上で、署名したわけではなかろう。

 おそらくは、「いいね」ボタンを押すほどの気軽さで、興味本位で固有名詞を記してしまった人もいたであろう。署名サイト「Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)」は、「オンライン署名への賛同には、居住地の入力が必要です。Change.orgでは、番地の入力は必須ではなく、郵便番号と市区町村名のみで賛同が可能です」としているので、氏名に加えて、個人情報を郵便番号、市区町村名程度は入力してしまったことであろう。


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