2025年12月5日(金)

民主主義がSNSに呑まれる日

2025年3月19日

選挙は単なる勝敗ではなく
民主主義のプロセスの一つ

 SNSには「可視性」、「持続性」、「拡散性」という三つの特徴がある。SNSが発達し、選挙で活用されるようになったことは、様々な世代の政治への関心を高め、民主主義の裾野を広げるという点で大きなメリットがある。実際、24年の兵庫県知事選では投票率が前回から約15ポイント上昇し、多くの有権者が選挙に参加した。

 一方で、深刻な課題も浮き彫りにしている。特に「対立構図の強調」と「社会分断の加速」は看過できない問題だ。本来、選挙は政策の実現可能性を問う場であるべきだが、SNS上では「既得権益vs.変革者」「正義vs.悪」といった感情的な情報が拡散されやすく、二極化を招いている。24年の東京都知事選や兵庫県知事選でも、インフルエンサーが「敵vs.味方」というフレームを広め、議論を一層過激化させた。

 このような状況が続けば、有権者は冷静な政策論議をする機会を失い、センセーショナルなメッセージに基づいて投票を決める可能性が高まる。候補者の側も、有権者の感情に訴える戦略を優先し、政策論よりも「敵を作る」ことに注力するようになる可能性がある。

 選挙は民主主義のプロセスの一つに過ぎず、投票後には勝者と敗者が結果を受け止め議論を重ね、協力し合って、社会を運営する必要がある。しかし、SNSによる対立の激化は、この民主主義の一連のプロセスを妨げる。兵庫県知事選でも、選挙後に「稲村和美候補を支持した22人の市長は全員辞任すべきだ」という過激な声がSNSで広まり、社会の分断がさらに深まった。

 また、SNSは極端な意見が発信されやすいというバイアスもある。SNSは能動的な言論空間であり、言いたいことのある強い思いを持った人が大量に発信することが可能で、それを止めるモデレーターもいない。中庸な意見の人は発信するインセンティブが小さいうえ、いざ発信すると極端な人に攻撃されるため、発信の萎縮も起こりやすい。その結果、「サイレントマジョリティー」の意見を埋没させている。

 このように、SNSでは一部の極端な声が発信も拡散されやすく、あたかも「世論」のように見えてしまうが、SNS=民意とは言い切れない。サイレントマジョリティーに対しては定期的にアンケート調査などを行い、地道に声を集め、可視化していくことが必要だ。ただ、SNSの影響力が増すにつれ、サイレントマジョリティーまでもがこうした極端な言説に流されやすくなっている面もある。

 さらに、フェイク情報の拡散も無視できない。24年の兵庫県知事選では「稲村候補が外国人参政権を推進している」といった誤情報が広まり、短期間で候補者の印象を大きく左右する可能性を示した。

 筆者の研究では、フェイク情報が有権者の判断に影響を与えることが確認されている。4000人超を対象とした実証実験では、特定の政治家に不利なフェイク情報を提示した後、その政治家に対する支持が低下する傾向が見られた。特にサイレントマジョリティーの多い「弱い支持層」に対しては影響が大きく、選挙結果に直接的な影響を与えている可能性が示唆された。

 先述の通り、今年は参院選が控えている。情報の自由な流通は民主主義の根幹であるため、国がそれを縛るといった過剰な表現規制があってはならない。しかし、選挙時にSNS上で「収益」を狙った扇動的コンテンツが拡散されるとすれば、何らかの対策が検討されるべきだろう。特にインフルエンサーの発信力が増す中、偽・誤情報や対立を煽る手法が社会に及ぼす影響を見極めなければならない。

 選挙は単なる勝敗ではなく、民主主義を機能させるための重要なプロセスである。候補者も有権者も、センセーショナルな言説に流されずに政策を論じ、必要な情報を精査する姿勢が求められる。


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