「群衆」が力を持つ時代
勢いづかせるSNS
130年前、こうした事態が起こる要因を分析していた本がある。
フランス革命から約100年後の1895年に刊行された『群衆心理』(講談社学術文庫)である。
著者はフランスの社会心理学者ル・ボン。心理学の視点からフランス革命の史実に基づき、群衆行動や群衆心理の問題点を優れた洞察力によって分析している。
本書の序文、序論の一節には、こんなことが記されている。
「群衆は、歴史上常に重要な役割を演じてきたが、この役割が今日ほど顕著なことはかつてなかった」
「国家の運命が決定されるのは、もはや帝王の意見によるのではなくて、群衆の意向によるのだ」
つまり、これからは「群衆の時代」が到来することをはっきりと予見しているのである。
そして、ル・ボンは、群衆中の個人は自分の意思を失った「一個の自動人形」となること、教養のある人であっても群衆に加わると「本能的な人間」「野蛮人と化してしまう」ことなどを挙げた。人間の本質が200年以上経てもなお、何ら変わっていないことを認識させられる。
さらに深い洞察がある。指導者が群衆の精神に思想や信念を沁みこませるためには、次の3つの手段を用いるべきと述べていることだ。
すなわち、「断言」、「反覆」、「感染」である。
断言は簡潔なものであればあるほど威力を持ち、断言されたものは反覆によって人々の頭の中に固定化される。さらに、断言が十分に反覆されて意見の趨勢が形成されると、強力な感染作用─「細菌のそれにもひとしい激烈な感染力」─があると喝破しているのだ。
現代のSNSは、その強力なツールともなる。近現代史が専門で帝京大学学術顧問の筒井清忠氏はこう警鐘を鳴らす。
「ル・ボンが指摘した群衆とは、物理的に人が集まることを前提にしている。だが、SNSであれば、同じ考えの人同士、スマホの画面上で『群衆』になれる。その意味で、SNSは『新しい群衆』を生み出しており、その危険性がより拡大している」
冒頭の3人の中でも、特にトランプ氏は、断言、反覆、感染を、SNSなどを使いフル活用している。
『群衆心理』はヒトラーも愛読していたようだ。『ヒトラー演説』(高田博行著、中公新書)によると、ヒトラーは、1908年にドイツ語版が翻訳された頃、定期的に利用していたウィーンの宮廷図書館の中で、「ドイツ語版をすでに読んでいたという指摘がなされている」という。
そのヒトラーの『わが闘争(上)』(角川文庫)にはこんな一節がある。
「国民大衆の心は本質的に(中略)小さな嘘よりも大きな嘘の犠牲になりやすい」