行政法の碩学としてのもう一つの顔
最高裁判決で裁判長を務めた宇賀克也氏は、学術界では、裁判長というよりも行政法研究者の権威として知られている。
塩野宏氏、小早川光郎氏らとともに、東京大学法学部で長く教鞭をとった。司法関係者であれば、『行政法』、『行政法概説Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』(ともに有斐閣)といった基本書を手に取ったことがあるだろう。
その専門分野は国家賠償請求法や消費者安全法など多岐にわたるが、とりわけ著名なのが情報法における功績である。
最高裁判事就任記者会見においても、「情報法の分野を特に専門として研究してきました」と、自らの経歴を振り返っている(裁判所「宇賀克也最高裁判事就任記者会見の概要」)。
「知る権利」を守る情報公開法
そもそも、情報公開とは何だろう。ここでは、宇賀氏の著作『情報公開法の理論』(有斐閣)を参照しながら、簡単な説明を加えることにしたい。
宇賀氏は、情報公開の基本目的を次のように述べている。
「情報公開の基本的目的は、国民主権、民主主義を実効あるものとすることにあるといえよう。日本国憲法が国民主権、民主主義の理念に基づいていることはいうまでもないが、行政がいかに運営されているかの情報が市民に与えられてなければ、市民による行政監視もできず、行政への実効ある参加も不可能になる」(『情報公開法の理論』,p.5)
情報公開とセットで語られるのが、公開性(openness)とアカウンタビリティ(accountability)である。公開性とは、国や地方公共団体が国民にわかりやすい形で情報を公開することであり、アカウンタビリティとは、どのような根拠をもって政策を決定するのかを説明する責任を指す。国や地方公共団体は、国民にわかりやすい形で情報を公開し、どのような根拠をもって政策を決定するのかを説明する責任がある。
その意義を、宇賀氏はこう語っている。
「情報公開は、情報を独占したうえで密室の根回しにより行政を運営するのではなく、情報を共有した市民を参加させ、市民との討論を通じて、合意を形成していく行政過程の転換を促すものといえる。このことは、同時に、行政にとっても、情報収集の経路を多様化することにつながり、合理的な政策形成の可能性を高める契機となろう」(前掲書,p.5)
知る権利が蔑ろにされるのは、この逆と考えればよい。すなわち、情報を独占して密室の根回しで行政を運営する。情報を市民と共有しない。政策決定の討論にも参加させない。権力者の意見だけで政策を決定する。
これを許せば、不合理な政策形成の可能性が高まり、多くの国民にとって不利益が生じることになる。
情報公開・個人情報保護審査会に与えられる強力な権限
情報公開法には、この法律に基づき情報公開の申請を受けたときに、国は、当該文書の存在・不存在、開示・不開示の決定をし、それを申請者に通知する義務が課せられている。そして、その決定に不服がある場合には、申請者が審査請求する権利が保障されている。
審査請求を受けて内容を審査するのが総務省に設置された「情報公開・個人情報保護審査会」である。2025年4月1日現在では5つの部会があり、部会ごとに3人の有識者が任命され、審査を行っている(総務省「情報公開・個人情報審査会 委員名簿(部会構成)」)。
審査会のメンバーは、元裁判官・検事・行政官僚、法学を専門とする大学研究者、弁護士などから構成される。審査会は、第三者的な立場から公正・中立に審査を行う。
審査会には、高度にセンシティブな情報の開示・不開示を決める強力な権限が与えられている。審査会は審議の結果を答申という形で決定し、所管庁はその答申に従って開示・不開示を決定することになる。
前置きが長くなった。本題に戻り、本田氏の異議申し立てはどのように審査されたのかを、具体的に見ていこう。
