2025年12月5日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2025年8月19日

 逆に言うと、どの立場の人が読んでも引っかかる部分は残るだろう。たとえば「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という一節はよく知られているが、その後には「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」と続く。

 新たな談話で同様のバランスを実現することは可能なのか。難しいのであれば、出さないほうがましとの見方もあった。

 実際、石破首相の式辞について、中国国営通信社・新華社は「日本投降80周年 石破茂重提“反省”戦争却避談加害責任」(日本降伏80周年 石破茂、戦争の「反省」を改めて提起するも加害責任を語らず)と題した記事を配信した。村山談話以来、「植民地支配、侵略、反省、お詫び」という4つの文言を踏襲しているかどうかが、日本政府の姿勢を示すチェック項目とされてきた。談話の代わりとなるような形で式辞を述べたのであれば、10年前のチェック項目を覚えている人々から「反省以外の3つの言葉は?」という反応が出てくるのも理解できる。

中国共産党が「抗日戦争勝利80周年」を重視する理由

 こうしてみると、石破首相の「反省」式辞はあまりに不用意で、足元をすくわれるリスクを軽視しているように思われる。この10年、歴史問題は外交課題の第一線からは遠のいていた。それゆえに政治家も官僚もかつての慎重さを忘れているのではとの危惧を抱いている。

 今後、歴史問題は再び表舞台へと復帰する可能性が高い。一つには日本国内での要因もあるが、もう一つは中国の景気悪化も関係している。

 なぜ一党独裁の政党として中国を統治することが許されるのか、中国共産党は「抗日戦争に勝利し、中国を植民地支配から解放したこと」を正統性としてきた。加えて、中国人民を豊かにする経済発展をもたらしたことが新たな正統性の根源となっている。2020年代に入ってからの経済低迷は、2つ目の正統性の輝きを失わせるものとなった。

 ならば、第一の柱をより強固にする必要がある。9月に行われる閲兵式など、抗日戦争勝利80周年の各種式典の意義は以前よりも重要だ。

 こうした取り組みは日本からは「中国政府の反日姿勢が強まっている」と見えやすいが、そこには誤解がある。中国は昨年から対日融和姿勢が続いている。東京電力福島第一原発事故処理水の海洋放水に伴う水産物輸入禁止措置を解除、狂牛病に伴う日本産牛肉の輸入を24年ぶりに再開したことはその象徴だ。

 個人的に印象的なエピソードがある。今年初頭、ある中国芸能事務所の関係者は「今年は抗日戦争勝利80周年にあたる。中国で反日感情が高まれば、日本でイベントを行うと売国奴を批判されかねない。それだけに慎重になっていたが、足元では友好ムードが続く。これならば大丈夫かもしれない」と話していた。中国の人々は政府の顔色を常にうかがっているだけに、日本人の多くは気づいていない「友好ムード」を敏感に感じ取っていたのだ。


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