2025年12月5日(金)

スポーツ名著から読む現代史

2025年8月25日

 戦後80年の節目の8月を迎えた。戦争を体験した人の数が年々減少し、「記憶の継承」が日本人の課題となっている中、戦時下の職業野球(プロ野球)について多くの著作がある東京造形大学の前学長で、ノンフィクション作家の山際康之が80年目の終戦記念日に新著を発表した。

 『戦争に抵抗した野球ファン』(筑摩選書)。サブタイトルは「知られざる銃後の職業野球」である。

 『兵隊になった沢村栄治』(2016年ちくま新書)、『八百長リーグ』(2018年角川書店)など、「職業野球」と呼ばれた戦前のプロ野球に関する著作を発表している山際は、今回の新著では「戦争といえば将兵たちの記録を多く目にするが、銃後をささえた庶民は、はたして戦争とどう向きあっていたのか。そうした疑問が本書の原点である」と書いている。

 1937(昭和12)年7月、盧溝橋事件から戦火が拡大すると、男たちは兵隊となって戦地に赴き、銃後を護る人々は軍需工場で働くなど、まさしく国家総動員の戦いとなった。36(昭和11)年の発足時は1日の入場者が2000人ほどと低迷した職業野球だが、その後、入場者数は着実に増加し、42(昭和17)年から43(昭和18)年にかけては年間80万人前後が球場に訪れていた。

 軍部からの検閲により圧力がかかる中、プロ野球の存続に奮闘した球団関係者や、戦地で傷を負いながらもグラウンドに戻ってきた選手たち。さらにその雄姿を見ようと多くの野球ファンが球場に足を運び続けた。戦時にもかかわらず、戦争への協力に背を向けて、ささやかな抵抗を試みた人々の話を書き残すことで、山際は「二度と繰り返してはならない戦争について、語り継いでいく」と執筆の意図を説明している。

 60(昭和35)年生まれの山際自身は「戦争を知らない」世代だが、戦争を体験した両親を含め戦争を生き抜いた人たちに囲まれて育った。戦前・戦中世代が次々と姿を消している中、「戦争の記憶」というバトンを引き継ぐ責任が山際の執筆の原動力となっているようだ。


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