「高級炊飯器」への流れを
つくった「本炭釜」
白物家電は日々の家事に使う。家電を国民全員が使えるようにすることで生活を豊かにする、という松下幸之助の水道哲学の通り、80年代に日本は「一億総中流」の社会を成し遂げた。しかし、水道哲学の本質は〝低価格志向〟である。炊飯器もあっという間にコモディティ化した。商品差が小さいためだ。実際、炊飯器の平均単価は、93年の1万7000円をピークに下がり続け、2004年1万4000円。3000円差だが、当時の年間出荷台数が約600万台と、母数が大きい。売上金額では、大きな差となる。
05年、最も高かったのは松下だ。それでも、8万円台がせいぜい。そんな中、三菱は松下超えを狙った。キーワードは炭だ。日常使いしようと思わないくらい高価だが、カーボン製の鍋がある。びっくりするほど激しく沸騰する。IHによる発熱が半端でないのだ。
炊飯は、ざっくり「浸水」「沸騰」「蒸らし」の3工程に分かれる。沸騰工程は、コメの中の「βデンプン」を、人間が吸収できる「αデンプン」にする。α化(のり化)は、人がコメを栄養として摂取できるようにする重要な工程だ。コメ内のデンプンをα化させるには98℃以上で、20分以上の沸騰が必要とされる。そして甘味はデンプンが、だ液などで糖化することにより強く出る。強沸騰はおいしさの大きな鍵だ。
IHは電気を熱化する方法としては優れているが、それを直火に匹敵するところまで引き上げるため、三菱は炭釜の開発に踏み切る。
そしてできたのが、本炭釜「NJ−WS10」である。希望小売価格は11万5500円。真っ先に認めてくれたのは、流通だったという。
毎日食べている米だ。試食すれば専門家でなくても「おいしい」と分かる。どの流通もいけると踏んだ。こうして、10万円を超える高級炊飯器が世に出ることになった。
毎日、お米のおいしさを実感できる「高級炊飯器」の誕生だ。これにより、炊飯器の平均単価は上昇に転じた。
「高級炊飯器」はよく耳にする言葉だが、定義は非常に曖昧である。本稿では、三菱にならい、炊いたコメがおいしく、価格8万円以上、そしてユーザーも納得できる技術の3つが揃っていることを条件とする。
三菱の「NJ−WS10」の炭釜は形状、光沢、手触りなどで、独特なものであることを主張する。正確な働きまでわからなくても、「何かすごそう」ということが感じられる。

