イスラム教徒としてメッカ巡礼に赴く人も
4月中旬、名古屋市中村区のビルにある礼拝所「名古屋モスク」。夕刻から続々と集まってきた信者たちは、男性は白い装束、女性は髪をスカーフで覆っている。インドネシア人など外国人に交じって、中年の日本人男性も絨毯が敷かれた床に伏して「アッラー フッサマドゥ」と唱えていた。
愛知県阿久比町から来た派遣社員の森戸延好さん(48)。目前に50代が迫り、新たな人生を模索している。森戸さんがイスラム教徒になったのは、仕事がきっかけだった。栃木県の高校を卒業後、地元のソニー子会社にエンジニアとして入社。日本のメーカーが海外に生産拠点を移す動きが加速した90年代に、インドネシアに駐在し新工場の立ち上げに関わった。92年に27歳で同国の女性と結婚、そのために形式的に入信した。「結婚の手段でした。日本人がイスラムの習慣で生きることは大変だと言われました」。日に5度の礼拝など信者の義務は多い。40代くらいでクルアーン(コーラン)が読めるようになればいい、と考えていた。
猛烈な働き蜂だった。連日深夜まで働き、くたくたになって週末は寝ている会社人間。だから「仕事の忙しさを言い訳にして、イスラム教徒としての行動が伴っていなかった。非常に怠け者でした」。ところが、仕事人生は苦難続きだった。帰国後に国内工場の閉鎖が相次ぎ、シンガポールの下請け会社に転じたが、業績悪化で高給の日本人は解雇される。42歳で再帰国後は正社員の仕事がなく、登録した派遣先もリーマンショックの影響で解雇された。
現在はトヨタ車のエンジン工場で働くが、これまでの人生を振り返り、48歳になった昨年7月から「熱心に信仰し始めた」。会社が残業を減らし時間に余裕が出来たこともあり、妻(43)、子供3人と毎週、礼拝に通う。アラビア語原典でのクルアーンの勉強を始め、ラマダーン(断食)月の断食も欠かさずに行うと決めた。
「モスクに通うようになって心の安らぎが生まれ、階段を一歩だけど上がることが出来た」。最近、周囲の同胞から「イスラムから縁遠い日本で後になってから学び始めたあなたは、初心者の苦しみが分かる。そういう体験が悩んでいる人の助けになる」と言われ、「完璧を目指すのではなく、私だから役立つことがある」と、気持ちが楽になった。森戸さんは9月下旬から2週間、サウジアラビア政府の招待でイスラム教徒が一生に一度は義務付けられているメッカの巡礼に赴く。会社の上司にも説明し、有給休暇を取得した。